「神楽が消えてしまった村は元気がなく、村自体が消滅するスピードも速いという」(図録より)。いにしえの芸能をいまに伝える、知られざる地域文化、神楽。開催中の「山と森の精霊 高千穂・椎葉・米良の神楽展」は、その一端を紹介する貴重な試みだ。
■ 300以上も受け継がれる神楽の宝庫、宮崎
宮崎県は屈指の神楽の宝庫で、いまも300以上が伝承されている。本展は、そのうち宮崎県西北部、山里深い高千穂・椎葉・米良の3地域の夜神楽を写真とビデオ、再現展示、そしてこれに欠かせない民俗仮面と併せて紹介する。
神楽とは豊穣祈願や霊の鎮魂などを目的とする伝承芸能で、神事と演劇の2つの要素を持つ。一般に知られる神楽は里神楽といい、宮中儀礼の御神楽(みかぐら)とは区別される民間芸能だ。
明治以降、国家神道化に伴う芸能の切り捨て、大衆演芸路線の選択など、神楽はさまざまな曲折を経て変貌してきた。そうした中、ここの神楽はより濃い日本のエッセンスを残している。
3地域の神楽から感じるのは、古き日本が多様性に根ざしていたことだ。古事記に記された天照大神ら高天原の神々の神話を継承する高千穂。ときの権力者にとって反逆者である南朝の皇子、懐良(かねなが)親王の悲劇をうたう米良。そして、古い山の神信仰を伝える椎葉。
これらさまざまな陰影に満ちた神楽の舞の写真に色を添えるのが、九州の民俗仮面だ。さまざまな容貌の面もまた心を捉えて離さない。
征服された異民族・隼人の王の「弥五郎どん」。古代中国から渡来した儀礼の流れをくむ「鬼神」。古代のシャーマニズムを受け継ぐ「若女」。これらは九州民俗仮面美術館の館長、高見乾司さんのコレクションだ。神楽と民俗仮面は、この「くに」に生きたさまざまな人々の想いを今に伝える。
■ 若者を惹きつけ、強い絆で結びつける
地方崩壊の波を受け、いま神楽は高齢化、後継者難に悩まされている。伝統文化活性化国民協会の調査によると神楽団体の構成員は50代がもっとも多く、山間地になるとさらに高齢者の割合が高くなる。だが、3地域の神楽の舞人の5割は20代、30代の若い人々だという。ここでは、神楽はいまだ現代文化なのだ。
神楽の特長のひとつはスピード感にある。来場した方は、ぜひ時間を取ってビデオをご覧になってほしい。荒々しく躍動感のある舞。伝統音楽の雅楽とは異なるビート音楽。リズムに同期することで自らの奥に眠るものを呼び覚まし、古くより受け継がれた想いを伝える。日本のブルースがここにある。
若い人々をいまだ郷里に結びつけ、共同体に強い絆をもたらしているもの。そのひとつが、より根源的な魅力を持った神楽ではないだろうか。(文・写真=美術・文化社会批評 アライ=ヒロユキ)
2012年12月6日(木)~2013年2月22日(金)
休館日:日祝日、年末年始 入場無料
10:00〜18:00
LIXILギャラリー
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