福島県双葉郡にある福島第1原発から22kmしか離れていない高野病院(医療法人社団養高会)の職員は、震災時に重症の患者たちと共に広野町に残り、その後も地域医療の存続のために日々奮闘している。深刻なのは職員不足。そのため、全国の医療職に「力を貸してください。この地の医療を守りたい」と呼びかけ、今年2月から3月まで4回のバスツアーを受け入れると、都会などから計46人の看護師が見学に訪れた。(フリーライター・今一生)
同病院の事務長の高野己保さんによると、「結果的に常勤・非常勤を含めて4人が来てくれましたが、バスツアーより私のブログやツイッター、テレビ番組などを見て来てくれた方が圧倒的に多い」という。
「鹿児島や札幌、広島、京都など全国各地から来られた看護師の方もいて、買い上げた寮の部屋が満室になり、いわき市に新築の賃貸物件を作っているところ。家賃は補助金で負担し、家電やお茶碗などまで用意し、身一つで来られるようにしています」
しかし、安心はしていられない。
「5月9日現在、入院患者は内科で66人、精神科で39人。彼らに常勤97人と非常勤7人の看護師で対応しています。震災前は看護職員だけで33人、そのうち9人が正看護師。今は正看護師が21人、准看護師18人で39人。『人は足りているじゃないか』とよく誤解されますが、39人のうち震災前から働いているスタッフは11人のみ。21人の7割が他県から来られた方です」
「当院では看護職員全体の4割が他県から駆けつけてくれた人材です。そうした方々はご家族を地元に残しての単身赴任などの事情を抱えているため、みなさん1年単位での勤務を考えられており、最短1年で帰郷されます。人材を地元で採用できないと、地域医療の存続が厳しくなります。
うちのような小さな民間病院は震災の記憶と共に人々から忘れ去られてしまい、経営も厳しくなります。自治体からの補助金をもらえないまま、人材不足になる恐れがあるからです。民間病院がまちに一つだと『なぜ助けるんだ』という声があり、支援が入りにくいのです」
高野病院については、『福島原発22キロ 高野病院奮戦記』(東京新聞編集委員 井上能行 ・著/東京新聞出版局)という本も参照されたい。同病院では今も、年齢不問(未経験可、新卒可)で職員の応募を公式サイトから受け付けている。
◆高野病院の公式サイト http://takano-hosp.jp/