明日から魚が食べられなくなる? 欧州議会議員 イザベラ・ロヴィーン氏インタビュー

20数年間、スウェーデン内外でジャーナリストとして仕事をしてきたイサベラ・ロヴィーン氏は、2007年にスウェーデンとヨーロッパの漁業・水産資源管理の実態を暴いた著書『沈黙の海』で数々の出版賞を受賞した。その後、突然の政治家への転身、それも欧州議会議員への選挙に立候補したのは昨年の春。その後、見事にスウェーデン環境党(緑の党)からの2人目の候補として当選を果たした彼女は、現在欧州議会の漁業委員会で活躍している。その彼女が今回「持続可能なスウェーデン協会」の招聘で、7月初旬にCOP10・国連生物多様性条約会議(CBD)を控えた日本に来日。日本の水産行政関係者との対話や視察を行った。以下、そのときの講演とインタビューを中心にまとめた。(文・インタビュー・写真:今本 秀爾(アジア太平洋緑のネットワーク・運営委員)

イサベラ・ロヴィーン氏

3年前に出された著書『沈黙の海』が、スウェーデンでベストセラーとなり、ジャーナリスト大賞を含めて数々の賞を受賞されたそうですが、この著書を書いたきっかけを教えてください。

2002年の秋にスウェーデンの総選挙があったときに、スウェーデン産のタラが枯渇しているという問題が取り上げられており、スウェーデン環境党(緑の党)が1年間のタラ漁の完全禁止を主張していました。私は当時食品を扱う雑誌の編集に携わっていたのですが、そこでスウェーデンのタラ問題を特集し、記事に取り上げることにしました。

結果、スウェーデン政府は1年間のタラ漁延期を決定したのですが、欧州委員会は欧州の共通漁業政策に違反するために無理であるという決定を下しました。それは他の欧州の漁業者がタラ漁を許されるのに対して、スウェーデンの漁業者が差別扱いを受けるからだというのです。この矛盾には驚きました。

それまで私は、スウェーデンは世界での環境意識の高い国であるとばかり思っていました。しかし、こと水産資源の保護に関してはまったく考慮されていないことがわかりました。しかも科学者や専門家に聞いたところ、問題はタラだけではなく他の魚もまた枯渇あるいは危機に瀕していることが分かりました。欧州では80年代の終わりには99%のウナギが乱獲により消滅しました。ヨーロッパの海産資源が、まったく環境保護の対象となっていないことに私は驚きました。私はそれまで本を書いたことがなかったのですが、これらの問題すべてを調査し、まとめ、公に訴える価値があると判断したからです。

著書の出版から2年後、欧州議会選挙に立候補されて当選されましたが、なぜジャーナリストから議員に転身しようと決意されたのでしょうか

このたび、(欧州議会議員選挙への出馬を通じて)スウェーデンの環境党(緑の党)から2012年に新しいEUの共通漁業政策や海洋保護政策が導入される、その枠組みを決める一員になれるチャンスが与えられたからです。どうしてその申し出を断れたでしょうか。もちろん私は漁業政策のみならず、あらゆる環境政策、社会政策にコミットしたいと思っていますが、とりわけ欧州の破滅的な漁業政策を終わらせたい、そして途上国の貧しい漁師たちが漁業で生計を立てられるようにしたい、という当面の目標があったからです。

著書でもEUの漁業政策について批判的なコメントを書かれていますが、実際のところ、現状はどうなっているのでしょうか

EUは中国に次いで世界で2番目の漁獲高を誇っていますが、EU沿岸の水産資源の9割が乱獲により枯渇しており、3割は再生不能という事態に陥っています。EUでは現在、全体の3分の2の水産資源を輸入に頼らざるを得なくなっていますが、主な原因は漁船の大型化や効率化によるものです。しかも、従来の漁船の解体と新船建造、燃料代に対するEUからの補助金が乱獲行為を後押ししています。

近年ではEUはモロッコ、西サハラ、モーリタニア、カーボベルデなど、大西洋沿岸のアフリカ諸国と漁業協定を結び、沿岸の漁業権を買い取り、途上国にその乱獲を拡大しています。このままでは途上国沿岸の海産資源も取り尽くされ枯渇してしまうでしょう。

著書『沈黙の海』の邦訳本を紹介するイサベラ・ロヴィーン氏

乱獲により天然の魚が枯渇してしまうという話ですが、一方で日本では養殖業、養殖技術の可能性が、大変期待されています。これについてはどうお考えでしょうか

日本では未来の養殖技術について注目されているようですが、養殖にはさまざまな環境問題が存在しています。多くの養殖魚は、飼料として膨大な野生の魚を必要とします。サケなどの養殖魚1㌔を生産するのに、2~5㌔の飼料が必要です。これは乱獲と同様、海洋生態系の維持にとって好ましい状況とはいえません。さらに、養殖魚は寄生虫など多くの病気に見舞われるため、数多くの抗生物質などの投与による水質汚染に加え、養殖場から逃げ出した養殖魚による、付近の海域への病気の伝染が懸念されています。

欧州議会議員になられて約1年が経ちますが、欧州議会での活動については、実際のところ、これまでどんな成果がありましたか

欧州議会は漁業・水産関係者によるロビー活動が盛んで、彼らの利益保護の代弁者として漁業委員会に参加している議員が多いのが実態です。しかし他方でリスボン条約発効以後、私たちは漁業政策についても様々な意見を提案できるようになり、少しずつですが状況は変化してきています。

私は議員となってから、地中海クロマグロの乱獲問題や、アフリカ大西洋沿岸でのEU(主にスペイン船籍)の漁船による操業問題を取り上げて議会で追及しました。委員会側からの回答は、漁業協定は地元の漁業者の利益になっているということでしたが、それは過去の話です。昨年12月に私はギニアに視察に行き、漁船操業の現状も見てきました。そして今年に入ってから、いったん結ばれかけていたEU=ギニア間の漁業協定が撤回されるに至りました。これは私が昨年、議員活動を開始してからの最初の成果といえるかもしれません。

これまでの経緯から、漁業政策が活動のメインですが、漁業政策以外に関心を寄せられる分野については、どんなものがありますか

漁業政策以外でも私は、私たちが食している食品が動物や自然にどれほど影響を与えているかにも関心をもっています。農業政策分野では、EUの年間予算の4割が農業補助金に充てられています。そのうえEUは貧困国から少量の温室効果ガスの排出枠を買い続けています。こうしたやり方は社会的公正さの観点からフェアであるとはいえません。EUは自国の排出量を削減することに専念すべきで、途上国にはもっと賢明なやり方での投資を行うべきです。

世界一魚を消費する、日本の消費者に向けて、提案したいことがあればお願いします。

このたび一週間日本に滞在し、日本の漁業関係者や行政を視察・ヒヤリングしてきましたが、日本で起きている漁業資源管理の実態が、私がまさに著書『沈黙の海』で問題にした当時のスウェーデンの状況と非常によく似ていることがわかりました。まずは多くの消費者に、世界および日本の水産資源が危機的状況にあること、それに日本の消費者が大きく関わっていることを知らせるための情報公開が必要です。枯渇の危機に瀕している地中海クロマグロの90%は日本に輸出されています。

日本では北欧諸国のようにエコラベルや消費者の不買運動は流行らないとの話ですが、それでも水産資源を管理する権限を持つ行政官庁に何らかの対策を講じさせるべく、さまざまなメディアを通じて訴えかけ、消費者の意識を喚起させるといったアクションが必要です。日本に多くが輸入されている大西洋のクロマグロは乱獲で危機に瀕しています。COP10生物多様性会議においては、今後は世界中に禁漁区を拡げるための話し合いが行われるでしょう。

もっとも環境保護運動を担う側も、いきなりクジラやクロマグロの話題だけに話を集中するのではなく、タラやイワシ、ウナギやサバなど、多くの食用魚が危機に瀕しているというレベルから、戦略的に政府や世論に対して説得を試みるべきでしょう。

最後に、今後の「水産資源保護」のための望ましい政策について、ご意見があればお尋ねします。

政策レベルで言えば、水産資源保護の問題は、単なる食糧問題ではなく、環境問題として統合的にとらえることが必要です。地球温暖化防止という観点でも、地球全体の約半分のCO2は海に吸収され、その7割を沿岸の生態系が担っています。予防原則、汚染者負担原則、生物種の保護、生態系保護といった観点を優先させ、乱獲をせず適切な漁獲制御や管理を維持できれば、養殖に頼らず、かつてのように枯渇することなく豊かな水産資源がよみがえってくるでしょう。

イサベラ・ロヴィーン(Isabella Lövin)
欧州議会議員(欧州緑の党・欧州自由連盟)。スウェーデン環境党(緑の党)所属。
1963年生まれ、ジャーナリストとして長年、消費者保護や食の安全をはじめとする環境問題を追及する過程で、近海漁業の乱獲問題に遭遇。2007年夏に出版した『沈黙の海 - 最後の食用魚を追い求めて』がスウェーデン国内でベストセラーとなり、環境ジャーナリスト大賞など数々の賞を獲得、一躍注目を集める。その後2009年にスウェーデン環境党(緑の党)からのオファーで欧州議会議員選挙に立候補し、当選する。現在、欧州議会の漁業委員会ほかに所属。

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オルタナ編集部

サステナブル・ビジネス・マガジン「オルタナ」は2007年創刊。重点取材分野は、環境/CSR/サステナビリティ自然エネルギー/第一次産業/ソーシャルイノベーション/エシカル消費などです。サステナ経営検定やサステナビリティ部員塾も主宰しています。

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