見た目の規格外や価格調整という理由から、食べるにはまったく問題のない農作物が大量に廃棄されることがある。
昨年10月、僕が住む広島県北広島町芸北地区でそんな体験を目の当たりにした。
「せっかく苦労して作ったんだけどね。たくさんあるから好きなだけ持ってっていいよ」
農事組合法人芸北おおさの加計さんが寂しそうにキャベツを指さしてつぶやいた。
「これらのキャベツはどうなるんですか?」
「悲しいけど全て廃棄になるんだよ、一万個以上あるんよ」
「え!?マジですか!」
「わしも泣きたいよ」
こんな話は、テレビやドキュメンタリー映画などで知ってはいたが、まさか僕のところに。しかも、1万3000個って、なんてもったいないんだ!
私は広島にある過疎の進む田舎町、北広島長芸北地域で芸北ぞうさんカフェというお店を経営している。芸北は標高700メートルの高冷地である。寒暖の差が激しいため、米や野菜、果物が美味しいと評判の地域だ。
しかし、昨年の芸北の夏は毎日雨ばかりで8月は数日しか晴れなかった。その影響で、この1万3000個のキャベツのなかに、たった数%見た目が悪いものが混ざっているというだけで全てが規格外として販売できない事態になったのだ。
アフリカなど痩せた土地の地域、内戦中の地域や貧困国などではまともに食べる物もなく餓死する子どもたちが大勢いるのに、これほどもったいないことがあるのだろうか。
とりあえず何とかしたい。そう思った僕は、広島市にあるライブハウスJUGEMのルーシーさんに電話をかけた。
「ルーシーさんの息子さんが経営してるお好み焼き屋でキャベツ使いますか?」
「本当?ありがとう!」
「1万3000個あるんだよ」
「え!?何それ!」
理由を説明すると、ルーシーさんは「それじゃあ顔が広い焼肉大学の大将、山根さんに相談しよう」と言った。
山根さんに相談してみると、「今、巷じゃ地震や大雨の影響でキャベツの値段が大高騰で広島中のお好み焼き屋が悲鳴あげとるんよ。1個が600円前後のキャベツなんて誰も手が出ないよ」。
広島のお好み焼きはキャベツを大量に使うことで有名だが、一個600円のキャベツに地元のお好み焼き屋は悲鳴をあげていた。
キャベツの価格が高騰しているのか。じゃあこのキャベツを自分たちで収穫して広島市内に持って行き、激安で売りさばこうか。
でも1万3000個も自分たちで収穫して70キロも離れた市内に毎日軽トラで売りに出るのも大変だ。
「おい植田君、キャベツが高騰して庶民の手が出ない時こそ、大盤振る舞いするのが男の生き様じゃろ」
焼肉大学という焼肉屋を広島市内で経営する山根さんは、頼りになる男として広島では広く知られた総大将だ。
「なるほど確かにそうだ。それに軽トラで街にキャベツを持って行ってチビチビ売っても1万3000個なんて売りさばけるわけないし」
「そういえば、昨夜ワシの恋女房がクレヨンで描いた泣いてるキャベツの絵をフェイスブックに貼って、廃棄予定のキャベツの事を紹介したらすごい反響だったんよ。みんな芸北までキャベツ刈りに行きたいと言うとるよ」
それだ!
キャベツ刈りに来てもらえば収穫する手間はないし、芸北に観光客も呼べる。さらに高冷地野菜がどれほど美味しいかを知ってもらうPRにもなる。
どうせなら車にキャベツ詰め放題のほうが痛快だ。ちょっと参加費を貰って農家の売り上げのタシにしてもらおう。僕らは、帰りにぞうさんカフェに寄ってもらえたらそれでいいじゃないか。街じゃキャベツは600円前後で売られているところもザラなのに、一人50個収穫すれば一個あたり20円。
こうして「車に詰め放題キャベツ刈り、参加費1000円!」というイベントが突如始まった。
さっそくフェイスブックで参加者を募ったところ、驚くべきペースで毎日申し込みが来る。
軍手と包丁を持参して大勢の人たちが芸北までやってきた。ほとんどの人たちがキャベツの収穫は初体験だったが、みんな何とも楽しそう!
さらにライブハウスを経営するルーシーさんが音楽仲間をたくさん連れてきてくれて、キャベツ刈りの後は音楽ライブも開いてくれた。おかげでカフェも盛況だった。
「初めてキャベツを自分で収穫したよ」
「高冷地キャベツは甘くて美味いね!」
「高騰したキャベツにお手上げだったんだけど助かった」
「今回一人で300個ゲットしたよ。みんなに配ったら喜ばれて嬉しかった!」
評判は上々。大いに芸北の高冷地野菜のPRにもなった。
結局200組以上の方々が広島市内はもとより遠くは奈良や岡山、島根などからもやってきた。
廃棄の運命だったキャベツ1万3000個が、わずか2週間であっという間に人々の胃袋に入り、キャベツ畑は廃棄どころかキレイに空っぽ。農家の皆さんには参加費全額を受け取ってもらった。
たくさんの人々が芸北に宿泊してくれて地元のホテルも賑わい、何より野菜がこんなに美味しいのかと喜んでくれる笑顔を見せてもらい、僕らも農家の皆さんも嬉しかった。
廃棄の運命だったキャベツが、一石二鳥どころか何鳥もの幸せをもたらせてくれたのだった。
1万3000個のキャベツたちも満足してくれたかな?