社会的課題とイノベーティブ・マーケティング

社会的課題とイノベーティブ・マーケティング―企業と社会フォーラム(JFBS)第6回年次大会

企業と社会フォーラム(JFBS)は2016年9月8、9日、「JFBS第6回年次大会」(後援:日本マーケティング学会)を早稲田大学で開催しました。今回は、企画セッション「社会的課題とイノベーティブ・マーケティング」における報告・議論の内容をご紹介します。

本セッションではJTBコーポレートセールス、SGホールディングス、イオントップバリュの取り組みが報告されました。またオンラインで購入した商品をリアル店舗で受け取れるサービスについて社会的課題解決という視点からの研究動向が報告されました。パネルディスカッションでは、社会的課題解決につながるビジネスをつくり広げていく社内体制について意見交換がなされました。

■JTB、EVシェアでCO2削減と地域活性化

最初に小寺徹氏(JTBコーポレートセールス)より、同社の取り組みが2つ紹介されました。1つ目は、CO2削減と地域活性化を目的としたEV(電気自動車)カーシェアリングビジネスです。

国が観光地でのEV車利用を推進する中、大都市や国道沿いのみならず地方でも利用を促進するため、電車やバスの本数が少ない観光地でのプチレンタカーとして事業化されたことが報告されました。EVは走行距離が少なく充電に時間がかかります。

そこでガソリンスタンドではなく観光地の宿泊・食事拠点に充電拠点を整備することにしました。政府および民間の補助金を活用して2300機の充電器を資産として保管し、日産自動車や三菱自動車からEV車の貸与を得て、平日はホテルなどの営業車として週末は観光客の足として、地域に貸し出しを行っています。

エネルギー源として電車の回生ブレーキを活用するという実験もしています。地方の小さい駅にプチレンタカーを停めて回生ブレーキの電力を蓄電するという、電力の「地産地消」の試みです。

2つ目は、東日本大震災後のボランティアツアーです。被災地ではボランティアを募集しても集まるかどうか分からない、ボランティア希望者は準備・手配を考えると行きたくても簡単には行けないという状況下、新たなビジネスとしてボランティアバスツアーを売り出しました。今では地元旅行会社やNPOが模倣するようになっています。

バスでの移動中は見知らぬ人と隣同士になること、女性は力仕事以外のボランティア活動をしたいといったニーズがあることから、日経ウーマンと連携し、女性専用のボランティアツアーをつくりました。そして地元ではそこにあって当たり前のものがヨソモノからすると資源になることに気づき、観光潜在価値を掘り出すとともにリピーターを生む仕組みづくりを進めています。

一例として、地元酒蔵で作った酒を地元漁師の協力を得て海中で熟成させ1年後に引き上げるといった企画があります。このようにボランティア活動を行ってその地域のファンになり、口コミで次の客を連れてくるような循環が望ましいといいます。

同社では、地方創成を新たな仕事にしていくことを目指しています。大手企業や地元企業が単独で進めようとしてもなかなかうまくいきません。すべての関係組織に便益がもたらされるように、地元企業と都市型企業が連携して地域に事業を実装するビジネスモデルを作ることを目的としており、そのためには協働とオープンイノベーションが重要だと指摘されました。

■SGHD、「館内物流システム」で排気ガス削減や渋滞解消へ

次に野田美奈子(SGホールディングス)より、同社の「館内物流システム」が紹介されました。ショッピングセンター、映画館、飲食店など多様で多数のテナントが入居する複合商業施設では、各テナントが利用する配送会社の納品車両による渋滞、騒音、排気ガス、セキュリティが問題になります。

そこで複合施設に商品を搬入する前に同社の集約センターで荷物を仕分けして一括納品する、人・物・車・情報の一元的・効率的管理方法「館内物流システム」が構築されたことが報告されました。

これは全体納品回数や納品車両台数の削減による排気ガス削減、地域の渋滞や騒音の緩和、消費者の交通安全確保、セキュリティの向上などの付加価値を生むサービスになっています。東京スカイツリーや東京ミットタウンをはじめとした複数の商業施設で導入されています。

例えば東京スカイツリーでは、入居予定のテナントを対象にアンケート調査を行ったところ、何も対策をしなければ1日あたり納品車両台数は800台以上になること、20台分のスペースしかない荷捌き所ではハード面だけでなく、作業フローなどソフト面の検討が必要であることが明らかになりました。

そこで荷捌き場到着前のステップとして外部倉庫の設置、カテゴリー別・用途別の荷物受け入れ、宅配便の共同配送やドライブスルー方式での受け渡し、定期納品車両の登録、時間超過の場合の課金などの対策を講じました。これにより車両乗り入れ台数は予測値の約半分を、CO2は約22%を削減することができました。

関係者の意識の高さと協力により、大型商業施設でこのような物流を実現することができたと認識していることが報告されました。

■ネットショッピングの課題を解決する「OOIP」

大瀬良伸准教授(東洋大学)からは、インターネットショッピングの利用者増加に伴う課題、それら課題を解決する取り組みの可能性と課題について、研究報告がなされました。B to Cの電子市場規模は市場全体の5%程度、1世帯のインターネット利用による支出総額はひと月8000円弱ほどでまだ小さいものの、顕著な伸びを示しています。

それに伴って配送車両による交通渋滞、大気汚染、CO2増加などの課題が生まれています。物流業者にとっては再配達増加によるコスト増、販売者と物流業者間のコンフリクト(配達時間帯や迅速な配達などに関する要望に応えきれないことなど)も生まれています。速配をめざした活動がかえって消費者の満足度を下げかねないのです。

こうした課題を解決するための方法として「オムニチャンネルマーケティング」というものがあります。これはオンライン店舗とリアル店舗の両方で使えるクーポンを発行する、オンラインで購入した商品をリアル店舗で返品できるというように、消費者に対してすべてのチャネルが提供されており、消費者がそれらのチャネルを通じて完全な相互作用を期待できることを指しています。

なかでもオンラインで購入した商品をリアル店舗で受け取れるサービス「オンラインオーダーインストアピックアップ(OOIP)」は、社会的課題を解決でき顧客満足も高めることができるサービスイノベーションであると大瀬良准教授は指摘しました。

日本ではこうしたサービスはまだほとんど行われていません。セブンイレブンではグループ各社の商品に加えて、アマゾンやユニクロの商品の受け取りは可能ですが、返品受付などは今後扱っていく予定とされています。

環境省および国土交通省は2016年8月に、個人宛て荷物を保管する宅配ボックスを住宅街近くのコンビニエンスストアや鉄道駅などに設置していく方針を発表しました。このように具体的サービスがまだ少なく、実施していてもデータ収集が十分ではないため、社会的課題解決の手段としてのOOIP研究はまだなく、顧客満足や購買意図に関する研究のみがなされているのが現状だということです。

OOIPユーザーとオンラインのみ/店舗のみのユーザーを比較した研究によれば、OOIP利用ユーザーの再購買意図は有意に高く、OOIPが顧客獲得・維持に貢献するといえます。OOIPは「すぐ欲しい」というよりも「いつでも良い」という時間的圧力の少ない顧客に利用され、利用促進要因としてリアル店舗への移動コストがかからないこと、OOIPに対する他者のよい評判があること、自分は賢いショッパーだという自己効力感などが挙げられています。

一方、阻害要因としてウエブサイトの複雑性や生鮮品の評価はしにくいこと、在庫不足による不完全な配送などが挙げられています。

社会的課題解決の方法としてのOOIP研究はまだこれからであり、消費者にとっての金銭的メリットの提示や企業間システムの構築などの課題も克服していく必要がありますが、大瀬良准教授はOOIPが社会的課題を解決していくことは可能であるとの考えを示しました。

■ イオントップバリュ、有事の際の防災拠点に

有本幸泰氏(イオントップバリュ)からは、環境保全や地域課題解決の取り組み紹介を交えて小売業の役割の変化について報告がなされました。同社は「小売業は平和産業である(平和でないと発展しない)」という基本理念のもと、モノとコトを売ることを通して社会的課題の解決を目指しています。

創業時から世界および日本の情勢に気を配り、環境変化に対応していくことを大切にしてきましたが、2011年3月の東日本大震災は小売業の役割について「モノを売る場所」に「顧客を原点として地域社会を尊重すること」を組み込むことを迫った出来事だったことが紹介されました。

東日本大震災発災後、津波を逃れてきた地域の人々がイオンモールの2階を避難所として2週間ほど滞在しました。病院が機能停止した中、イオンの薬剤師が小さなクリニックのように人々に安心を提供し「イオンはこういうときに助かる」という声を聞いたことから、地域に貢献できる存在であることに気づいたといいます。

そののち、有事の際に救援物資をすぐ届ける防災拠点となるよう自治体との防災協定締結を進めるとともに、JAL輸送機で支援物資を空輸できるような態勢も整えました。こうした経験・取り組みは2016年4月に発災した熊本地震でも役に立ち、「イオンはいざという時のモノと心のライフラインでなければならない」という認識が社員の中にできたことが紹介されました。

また適切な森林管理のもと生産された木材製品であることを示すFSC認証、持続可能な漁法で獲られた水産物であることを示すMSC認証、責任ある養殖によって生産された水産物であることを示すASC認証などの認証を得た商品、フェアトレード商品、オーガニック商品、イスラム教の教えに則ったハラル食品なども積極的に取り扱ってきたことが消費者教育という役割につながっていることが紹介されました。

2012年の消費者教育推進法施行後は、学校現場で子どもたちを対象に出張講義を行うことが増えてきたといいます。小売業であることを活かして、身近な買い物に置き換えて考えることを促すことができます。店頭では消費者に活動のお知らせ・参加呼びかけなどを行い、様々な活動を一緒に行うことができます。こうした活動を通して、社会的に優れた商品を率先して購入する倫理的消費者や、そうした良品に関する情報を社会に広める役目を担うオピニオンリーダーを育成することができると指摘されました。

■ 社内での進め方を議論

パネルディスカッションでは、司会の永井朝子氏(BSR日本)より「社会的課題を解決しながらビジネスをしていくのが理想的であるが、そのような取り組みを社内でどのように進めているのか。創出した取り組みを拡大していく体制があるのか」という問いが示されました。

各パネリストからは次のような回答がなされました。

「トップダウンの企業もあれば、ボトムアップの企業もあるが、商材が唯一無二であり自社しかできないものか、社会的課題の解決に資するバリューチェーンを作れるか、どこまでやるのかを検討することが経営戦略上重要になる」(小寺氏)

「社内から生まれるものと、外部からの作用により生まれるものの両方がある。取引先から求められて、営業の提案資料に環境や安全のための付加価値を提供できるという文言が盛り込まれていることをみても、ニーズへの対応の中でCSRに取り組むべきと理解している社員が育ちつつあることを実感している。営業に社会的課題への対応が組み込まれている」(野田氏)

「買い物を通して社会貢献ができないか、という顧客の声を生かしてフェアトレード商品を扱うようになった。小売業として、モノを売ることによって消費者に社会的課題を知っていただくことを重視している」(有本氏)

大瀬良准教授からは「従業員への意識づけは重要。社会的課題の解決は専門部署が担当するという意識をもちがちなので、普段の業務を部門間で共有する機会が大切である」とコメントされました。

また参加者より「イオンは営業利益のほとんどを金融で得ている。本業の小売としては赤字になっているが、社会的課題への取り組みはどのような位置づけで行っているのか。また、ジャン・ボードリヤールによる『記号的消費』という議論があったが、社会的課題を扱った商品が記号的消費の対象になってしまうと、いつまでたっても消費を通じた解決には結び付かないのではないだろうか」という問いが示されました。

これに対して有本氏からは次のような回答がなされました。

「イオンのプライベートブランド『トップバリュ』は、本当は持続可能性を考えた商品であるにもかかわらず『安かろう悪かろう』と捉えられがちである。そこで社会的課題に取り組むことを通してリブランドしている。実際、消費者教育推進法以降は積極的に購入する子どもが増えてきており、未来に投資をしている。またオーガニック商品にしても、フェアトレード商品にしても、従来は特別なところでしか購入できなかったが、誰でもいつでも購入できるようになった。今は厳しい状況ではあるが、購入のハードルを下げ、広がるきっかけを作りたい。一部の人々だけが買う商品ではなく、身近なものに落とし込んでいきたい」

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齊藤 紀子(企業と社会フォーラム事務局)

原子力分野の国際基準等策定機関、外資系教育機関などを経て、ソーシャル・ビジネスやCSR 活動の支援・普及啓発業務に従事したのち、現職。一橋大学大学院社会学研究科修士課程修了、千葉商科大学人間社会学部准教授。

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