地方創生とイノベーティブ・マーケティング―企業と社会フォーラム(JFBS)第6回年次大会
企業と社会フォーラム(JFBS)は2016年9月8、9日、「JFBS第6回年次大会」(後援:日本マーケティング学会)を早稲田大学で開催しました。今回は、企画セッション「地方創生とイノベーティブ・マーケティング」における報告・議論の内容をご紹介します。
少子高齢化の進展にともない、とくに地方で人口減少やコミュニティ衰退の問題が顕著になっています。地方創生の取り組みが求められる中、企業はどのように取り組んでいけばよいのか考える必要があります。
本セッションでは、急激に人口が減った地域でゼロからビジネスを起こした一般社団法人あすびと福島、福岡移住計画、株式会社小高ワーカーズベースの取り組みが報告されました。また売り上げを上げるためのマーケティングをこうした取り組みに応用していくうえでの論点整理がなされました。
■帰還住民の暮らしを支えるスモールビジネス
最初に和田智行氏(小高ワーカーズベース)より、福島県南相馬氏小高地区で、帰還住民の暮らしを支えるために展開しているスモールビジネスについて報告がなされました。
原発から10キロ圏内にある同地区では2016年7月に避難指示が解除されましたが、帰還した住民は解除翌月の8月26日現在で777人、そのうち高齢者が6割を占めている状態です。同社は、避難区域に人が戻ってきたときの暮らしを支えるために地域の課題からビジネスを創出することをミッションとして、次々と新しいビジネスを立ち上げています。
最初は働くための物理的な環境がなかったことから、電源やネット接続環境を整えたコワーキングスペースをつくりました。それから働く人のための食堂をつくったところ、避難住民たちの再会を生み、コミュニティ再生にも寄与したといいます。行政からの委託を受けて食料品・日用品を扱う仮設スーパーをはじめ、住民からの要望に基づき生鮮品も扱うようになりました。
さらに女性が働く場として、ガラスアクセサリー工房も創設しました。女性が集まり働く場は避難区に活気を生み出しています。市外の高校生からこの工房で働きたいという要望が寄せられるようになっており、同地区内で再開予定の高校をこれから卒業していく生徒にとっても働く場になることが期待されます。若者がいると「カフェやパン屋もあるとよい」となり、帰還してカフェを開くという人も出てきたといいます。
和田氏は「まず帰還するべきは事業者である」と指摘しました。事業にかかわる取引先・スタッフ・受益者が同地区で活動し、暮らしがはじまると課題やニーズが見えてきて、かつて同地区で事業活動を行っていた事業者の再開や新事業のスタートにつながります。こうした循環により地域経済に血が通いはじめ、住民が戻ってくると考えられることが指摘されました。
和田氏は「地方に蔓延する依存体質を脱却したい」ともいいます。1000人を雇用する企業を誘致してその1事業に支えられる社会ではなく、10人を雇用する100の多様な事業が躍動する社会が望ましいということです。視点を変えればチャンスは見えてきます。
例えば「10年後でも住民が5割も戻らない」のではなく「人口300人の町が10年で5000人に急増する!」ということ、「帰還に向けた課題が山積している」のではなくて「課題解決ビジネスまたは研究のネタが豊富」であるということ、「震災前の暮らしには戻れない」のではなくて「持続可能な地域に生まれ変わるチャンス」であるということなど。避難区域こそ現代日本で雄一かつ最後のフロンティアであり、新しい価値を発見できる地域であると強調されました。
■福島から社会起業家輩出へ
半谷栄寿氏(あすびと福島)からは、福島の復興を担う人材育成の取り組みについて報告がなされました。半谷氏は東日本大震災発災前の2010年6月まで東京電力の執行役員を務めていたことから、「原子力の責任は免れない」、「何か故郷に役に立ちたい」との思いを強め、人材育成の活動をスタートさせたといいます。
具体的には、行政や企業との協力のもと、太陽光発電と植物工場を併せ持つ南相馬ソーラー・アグリパークをつくり、小学生の体験学習を学校の授業の一環として実施しているということです。
高校生の社会起業塾にも力を入れており、月1回のワークショップ開催に加えて、福島の農家の思いを高校生が伝える情報誌の発行事業を展開していることが報告されました。この塾から巣立ち大学に進学した学生とともに、東京での社会起業塾を立ち上げることも模索しています。
学生を対象としたこれらのプログラムは寄付を原資として無料で実施する一方、持続的に展開していくために、事業として企業人材の研修を実施していることも報告されました。企業研修では、どんなに小さくてもよいので事業案を作成することを求めているということです。これまでに作成されたたくさんの事業案は未来の社会で役に立つ可能性があります。
活動3年目となった2015年度は事業規模が6000万円ほどになり、寄付収入は2割程度、企業研修からの事業収入が約半分を占めるようになったということです。
■17県に「移住計画」広まる
須賀大介氏(福岡移住計画)からは、移住者が地域資源を活用して事業づくりを行う「〇〇移住計画」の取り組みについて報告がなされました。同計画は京都で「京都移住計画」として始まった民間主導の移住者支援活動であり、居場所(コミュニティ)づくりのサポート、地元密着の職探しのサポート、こだわりの住まい探しのサポートを行っています。任意団体として京都と福岡に事務局をもちながら、いま全国17県に広がっています。
須賀氏自身、東日本大震災後に東京から福岡へ移住したということですが、移住して間もなくの頃は東京と福岡では仕事の進め方が異なったことから売り上げが落ち、子育てのサポートも受けられず、公私で苦しい思いをしたということです。そのような中、ヨソモノと地元をつなげる場として移住計画を立ち上げました。
福岡移住計画では、海に面したオフィスをクリエイターに貸し出したり、元・スーパーマーケット店舗を地域の人々と一緒に改装して拠点づくりをしたり、というように全国で5拠点をシェアスペースとして運営しています。行政・大学・シェアリングエコノミー企業などと協働がはじまっており、今後はさらに拠点を広げながらこれらを人の行き来でつなぎ、地域資源を活用した事業づくりを進めていきたいということです。
上記3つの取り組み報告を踏まえ、水越康介准教授(首都大学東京)からは、営利企業の売り上げを上げる方法としてのマーケティングを社会的課題の解決に応用していくにあたり、営利目的のマーケティングと大きく異なる点があると指摘されました。
マーケティングでは「顧客はだれか?」ということがもっとも重要ですが、ソーシャルマーケティングや公共組織のマーケティングでは、顧客が明確にわからない場合があります。例えば税金を上げるにあたり、誰に支持してもらうことが適切なのでしょうか。10年後の子供たちか、あるいは彼らを生み育てることになる親たちか?元・避難区域に人が戻ってくるようにするための取り組みはこれと似たような問題なのではないか、という指摘がなされました。
■志はソーシャル、仕組みはビジネス
パネルディスカッションでは各パネリストより、困難な状況でスモールビジネスをたくさん創るために最も重視していることと、継続的に取り組むための考え方が示されました。
半谷氏「自分のやりたいことの延長線上に社会的価値を見ようとすることが最も重要です。新しい価値を創る上では、方法論も手段もまだ見えないため、自分がやりたいことでなければ最後まで成し遂げられません。そして社内外で“志はソーシャル、仕組みはビジネス”ということの共有を図っています。補助金や寄付金は一過性のものなので資本金としてとらえて、これがある間にビジネスを立ち上げていくことが必要です」。
須賀氏「自分の人生を使って取り組むのだから、情熱と自分のアクションがまちのためになっていると感じられる幸福感が重要です。福岡のためになり、かつビジネスになるようにとコミットしていたら、価値観を共有できる優秀なスタッフが集まってきてくれました。行政の仕事からスタートした場合も、次年度以降何が作れるか考えながら複数年度にわたるプロジェクトを進めています」。
和田氏「情熱をもって取り組めるか、それが自分にとってどれくらい喜びになるかが重要です。そして地域課題をわかりやすく示し、分かりやすい試みを積み重ねることが人を巻き込んでいく秘訣だと考えられます。行政の支援は当てにできなかったためお金をかけずに実施してきましたが、住民が見かねて手伝ってくれるようになりました。幸い競合がいないので、収益が見込める事業だけを選んで展開しています」。
最後に、水越准教授は次のようにまとめられました。
「マーケティングは競争を前提としています。ソーシャルな事業活動においては助成金獲得において競争が生じると議論されますが、ここでマーケティングが生きると考えられます。山梨県のワインツーリズム事業の中に、助成金を獲得して事業を始めたものの2年目には助成金をやめ、それが宣伝効果となって協力者が増えたという事例があります。今日の3つの報告事例には“志はソーシャル、仕組みはビジネス”として、小さく、分かりやすく、共有しながら事業を進めているという点が共通していると思われます」