「石灰石ペーパー類」は本当にエコか(上)
「石灰石ペーパー類」は本当にエコか(下)
企業や自治体で石灰石ペーパー類を採用する事例が相次ぐ。SDGs(持続可能な開発目標)の文脈で導入する事例もある。だが、石灰石ペーパーが紙のリサイクル阻害要因になるとしたら、それはSDGsウォッシュ(SDGsに取り組むフリだけすること)になりかねない。(オルタナ編集長・森 摂、編集委員・栗岡理子)
■企業や自治体に人気のLIMEX
LIMEXは、2013年に経済産業省が「イノベーション拠点立地推進事業」に採択し、補助金9億円を交付したのをきっかけに、企業や自治体の間で一気に引き合いが来た。本稿(上)で紹介した経産省のサイトによると、すでに約2000社の企業との取引実績があるという。
伊藤忠商事は2018年、TBM社と資本・業務提携を結んだ。JR東日本グループはポスターなどにLIMEXを採用、スーパーホテルはアメニティ用のクシに、三菱鉛筆はボールペンの軸材にLIMEXを採用した。惣菜を入れるトレイに採用した企業もある。
自治体では東京都が、「平成29年度東京都トライアル発注認定制度」の商品に認定し、先鞭を付けた。
福井県鯖江市は2018年8月、TBMとSDGsへの貢献を目指す相互連携協定を締結した。同年12月には、神奈川県も同社とアップサイクルモデル実証事業を開始した。
2019年9月、神奈川県葉山町は同社と包括連携協定を締結、同年10月には横浜市も循環型イノベーションに向けた連携協定を締結した。
■外食産業もメニュー表に採用する事例相次ぐ
吉野家やスシローなど外食産業でもLIMEXをメニュー表に採用している。ガストも一部店舗で試験採用したと聞き、見に行った。
通常のメニュー表は、プラスチックファイルに紙が挟み込まれていたり、あるいは紙にプラスチックがラミネートされていたりする。
LIMEX製の「メニュー」は、防水機能があり汚れも落ちやすいため、耐久性がある。プラスチックでラミネートされた紙と同様、汚れても拭き取ることができ、手ざわりはコート紙とあまり変わらない。
「ガスト」を展開するすかいらーくホールディングス(東京都武蔵野市)によると、年3〜4回はメニューを変更するため、メニュー表もその都度変更する必要があるとのこと。
今後、ごみが出ないようにメニュー表をリサイクルすることや、デジタルメニューの導入も視野に入れているそうだ。
■神奈川県が「アップサイクルコンソーシアム」で連携
2018年に国が選定した「SDGs未来都市」と「自治体SDGsモデル事業」の両方に選ばれた神奈川県は、2019年6月、SDGs推進課を立ち上げた。アップサイクルコンソーシアムは、そのSDGs推進課が担当する事業の1つ。
コンソーシアムでは、県が、「石灰石を主成分とし、プラスチック等の代替素材となるLIMEXを活用したアップサイクルの仕組みづくりを進める」(神奈川県ウェブサイト)という。
具体的には、民間企業や住民が使用したLIMEX製品を、トナーカートリッジ回収のような民間企業の回収スキームや専用の回収BOXなどを利用して、回収・リサイクルできないか検討しているという。
出来上がったリサイクル品は、企業がまた有効に活用する。そのシステムを回すためのサポートを県が行うのである。
確かに新素材の普及には、リサイクルルートの確立は欠かせない。県がサポートすることで、企業も安心してLIMEXを採用し、リサイクルループに参加しやすくなる。
■木や水を使わないが、プラを使うLIMEX
なぜここまでLIMEXが企業や自治体の間で人気なのだろうか。プラスチック代替品としては、プラスチック使用量を減らすことで「脱プラ」を掲げたい企業の要請に応えられるためだろう。
深刻化するプラスチック汚染問題は、企業にとって経営リスクではあるが、同時にビジネスチャンスでもある。
LIMEXを採用することで、プラスチック使用量を半分以下に減らすことも可能なため、「減プラ」を掲げられる。しかし、完全な「脱プラ」とまでは言えない。ポリオレフィン樹脂などのプラスチックを使うからだ。
紙代替品としてのLIMEXは、木や水を使わないことが目新しい。しかし、木を使わない代わりに、石油由来のポリプロピレンなどを使う。そもそも木材チップや水の使用量を減らしたければ、再生紙を使う手もある。
従来のリサイクル関係者は厳しい目
紙代替のLIMEXは、一般の人には「紙」に見える。そのため、間違えて古紙回収に出されてしまう可能性が高い。そうなると製紙会社にとっては再生繊維にならない「古紙」を買わされた挙げ句、場合によっては製紙工程に影響が出る。
国内のリサイクル関係者からは「再生紙の製造工程にLIMEXが混入すると迷惑」(大阪府の再生紙工場)という声が相次いでいる。
プラスチック混入により出来上がった紙の品質が悪化することも考えられる上、石灰石部分が製紙汚泥になる。
古紙から再生紙を作る工程は、まず回収した古紙をパルパーと呼ばれる漕に投入し、温水と混ぜ、ドロドロにする。それをスクリーンで漉(こ)すわけだが、LIMEXのような異物はこのスクリーンや配管を詰まらせる。
また、微細化してスクリーンを通過した場合は、紙製品の表面に異常が生じ、販売できなくなる恐れがあるという。
公益財団法人古紙再生促進センター(東京・中央区)が発行する『古紙ハンドブック2019』には、禁忌品A類に「ストーンペーパー(プラスチックと鉱物でつくられているので、正確には紙でない)」と記載されている。
禁忌品とは古紙リサイクルを阻害するため古紙回収に出してはならないもののことで、A類とB類がある。
A類は「製紙原料とは無縁な異物、並びに混入によって重大な障害を生ずるもの」、B類は「製紙原料に混入することは好ましくないもの」(同ハンドブック)とのことだ。
古紙再生促進センターに確認したところ、「多量に入るとパルパーで目詰まりを起こすことがあり、操業を停止して取り除く必要」がでてくるとのことで、2012年にストーンペーパーを禁忌品A類に指定したそうだ。
つまり、LIMEXが混入することで、古紙リサイクルは重大な障害が生じる危険性があるのだ。
■日本製紙連合会も「困惑」
TBM社のプレスリリースを見ると、「通常、普通紙1トン生産する場合、木を約 20 本、水を約85トン使うが、LIMEX は原料に木や水を使用しない」とある。
これについて日本製紙連合会の中川好明・技術環境部長らに見解を聞いた。その要旨は下記の通りだ。
「『木を約20本使う』という表現は、森林伐採を連想させるが、日本の紙パルプ産業が使用する木材原料の約90%は他に用途の少ない低質材や間伐材、製材残材、製紙用に植林された小径木です」
「しかも、日本の古紙回収率は81.5%、古紙利用率は64.3%と世界に誇る成果を上げています。水については、紙を作る際に川から取水し、洗浄などに利用した後はきれいにして川に戻しているので、利用はするが消費しているわけではありません」
「したがって、紙の生産が森林伐採や水の大量消費につながるかのようなこの文言は不適当と言わざるを得ません」。確かに最近は、森林保護団体が日本の製紙会社に抗議したという話は聞かない。
■研究者からも環境への影響で厳しい意見
石灰石ペーパー類については、国内の研究者からも厳しい意見が出ている。エコロジカル・フットプリントの第一人者、同志社大学の和田喜彦教授は「石灰石採掘に伴う発破振動、騒音、粉塵飛散などの社会環境影響は少なくない」と警鐘を鳴らす。
さらに、「地形変化による残壁の崩落リスク、地下水脈の変化を引き起こす可能性や、景観の変化・損傷という問題も発生させる上、故郷の風景が大きく傷つくことへの故郷喪失感、いわば周辺住民の心の傷という問題も軽視すべきではない」と言及した。
「『エントロピー増大の法則』からすれば、プラスチック複合品を使い続ける限り、たとえリサイクル・システムが確立されたとしても、早晩プラスチックは環境中に拡散する。
LIMEXという新素材が普及すれば海洋プラスチック問題は解決すると思うのは、あまりに危険だ」と指摘する。
海洋プラスチック問題の第一人者である東京農工大学の高田秀重教授は、「バイオマスベースの生分解性プラスチックや木や紙と石油ベースの汎用プラスチックの混合は、温暖化対策として効果があるが、マイクロプラスチック対策としては、効果がないどころか、汚染を助長する」(※1)とプラスチック複合品に対して注意喚起する。
プラスチック単体よりも、分解するものとの複合品の方がマイクロプラスチック化を早めるのだ。石灰石は生分解性ではないが酸に弱いこともあり、LIMEXなどの複合品はプラスチック部分のマイクロプラスチック化を促進する可能性がある。
リサイクル費用逃れを指摘する声もある。LIMEXでトレイや包装紙などの容器包装を作り、使ったとしても、過半が石灰石であるLIMEXは、プラスチック製容器包装や紙製容器包装の定義には当てはまらない。
そのため、容器包装リサイクル法で定められている「再商品化委託料金」を支払わなくて済む。つまり、合法的にリサイクル費用の供出義務を免れられるという。
※1 高田秀重(2019)「マイクロプラスチック汚染の現状, 国際動向および対策」『廃棄物資源循環学会誌』29(4), pp.261-269