今回の原発事故の後、メタンハイドレートを原子力の代替として注目すべきとの論も出てきた。しかし東京大学名誉教授で元国立環境研究所長の石井吉徳さんは「そもそもメタンハイドレートは使えるような資源ではない」と断言する。その論を寄稿して頂いた。
■資源は質がすべて
3・11の原発事故を契機として、日本独特ともいえる、エネルギーについての、とんでもない誤解が喧伝されている。「日本近海の海底下にはメタンハイドレートが膨大にある」「日本のメタンガス消費量の100年分もある」というものだ。
NHKを含めたメディアでも、派手なキャッチフレーズで登場する。その姿は「溺れる者藁をもつかむ」かのようで、私は機会あるごとに警告してきたが、一向にその勢いは衰えない。
そもそも、資源について重大な誤解がある。「量」だけで資源を見る一方で、「質」の視点がない。その期待感は、あたかも太平洋戦争が敗色濃厚の時、日本は神国、いまに神風が吹く、そして鬼畜米英をやっつけてくれる、との神がかりの話になりかねない。それなのに、あたかも実際に起こるかのように喧伝され、国民もそれに期待し、願った。
これを批判すれば国賊のように言われたものである。当時、幼かった私は「大人は何と馬鹿なのだろう」と思ったことを今でも覚えている。
今のメタンハイドレートも、そのようなお話だ。そこで改めて「資源とは何か」、小学校の理科レベルの話をしなければならない。何せJOGMECなどの経済産業省傘下の政府機関、東大を含めた学界、石油技術協会などの専門学協会などがメタンハイドレートを容認し、宣伝している。すでにかなりの税金すら投入されている。
メディアでも、まるでメタンハイドレートを3・11後のエネルギーの救世主のようにもてはやす。神話は原発安全神話だけではないのだ。これでは3・11後の日本の未来が危ない。
そこで「資源とは質が全て、量ではない」と述べる私のHP、下記:「資源とは」をまず参照されたい。
www1.kamakuranet.ne.jp/oilpeak/oil_depletion/netenergy.html
一言すれば、エネルギーはEPR=Energy Profit Ratioで判断すべき、入力エネルギーと出力エネルギーの比=エネルギー収支比で考えるべきだ。これがエネルギーの絶対条件だ。簡単なことである。
■在来型ガス田と全く違う