ウェブ革命は、ボランタリー経済を復活させる――田坂広志 オルタナティブ文明論 第4回

田坂広志(多摩大学大学院教授、シンクタンク・ソフィアバンク代表、社会起業家フォーラム代表)

 

第3回では、ネット革命とウェブ革命が、企業や市場や社会の「複雑系」としての性質を強め、自己組織化や創発、共鳴や相互進化など、「生命的システム」としての性質を強めていくことを述べた。

そして、その結果、この情報革命は、自然に人々の価値観に影響を与え、社会に「生命的世界観」を広げていくことを述べた。

では、企業や市場や社会が、自己組織化や創発、共鳴や相互進化の性質を強めていくとは、いかなる意味か。

一つの意味を、端的に述べよう。  「ボランタリー経済」が広がっていく。 ボランタリー経済とは、すなわち、「自発性の経済」。人々が、善意や好意など、自らの自発的意志によって行う経済活動である。

これに対して、現在の資本主義社会において支配的となっているのが、人々が「貨幣」の獲得を目的として行う経済活動、「マネタリー経済」(貨幣経済)である。

しかし、このボランタリー経済とは、実は、人類最古の経済原理でもある。なぜなら、「貨幣経済」が生まれてくる前には、「物々交換経済」(バーター経済)が支配的であり、さらにその前には、善意や好意によって貴重な財貨を相手に贈る、「贈与経済」と呼ばれる経済原理、すなわちボランタリー経済が、人類の社会やコミュニティにおいて支配的であったからである。

そして、このボランタリー経済は、マネタリー経済が表舞台の主役となり、支配的になっていく資本主義の歴史の中でも、実は、一貫して、社会を支える重要な経済原理であり続けた。

例えば、家事や育児、子供の躾、老人介護、地域での相互扶助や環境保全などは、いずれも、無償での経済活動であるが、もし、これらのボランタリー経済が無ければ、実は、マネタリー経済そのものが、ただちに活動を停止せざるを得ないほど、重要な経済活動である。

しかし、それにもかかわらず、なぜ、このボランタリー経済は、歴史において、永く「陰の経済」の位置に置かれていたのか。二つの理由がある。

一つは、その経済活動が、家庭や地域という「狭い世界」に限定されていたからである。もう一つは、それが、貨幣などで客観的に評価できない、「目に見えない」経済活動だったからである。

しかし、ネット革命とウェブ革命が、この構図を打ち破った。なぜなら、この革命の結果、ボランタリー経済が「広い世界」に解き放たれ、ウェブサイトという形で多くの人々の「目に見える」ようになったからである。

例えば、いま、ウェブの世界では、多くの人々が自発的に集まって、無償で知識や智恵を出し合い、助け合う「ナレッジ・コミュニティ」が広がっている。

様々なQ&Aサイトで提供される「知識」や、アマゾン・ドットコムのサイトで人気の「草の根書評」は、いずれも人々の無償での活動であり、世界中から数千人の技術者が集まり、改良を続けている基本ソフト、リナックスは、その象徴的な例である。 

このように、ネット革命とウェブ革命によって、古く懐かしいボランタリー経済が、ふたたび表舞台に復活し、いま急速に、その影響力を増している。

それは、まさに、第1回で述べた、弁証法が語る「事物の螺旋的発展」の姿に他ならない。 では、その先には、何が来るのか。こうしてボランタリー経済が復活していくとき、何が起こるのか。 

「新たな経済原理」が、生まれてくる。 次回、そのことを語ろう。

*本記事は、2008年10月発行のオルタナ10号から転載しています。

Profileたさか・ひろし 74年、東京大学卒業。81年、同大学院修了。工学博士。87年、米国バテル記念研究所客員研究員。90年、日本総合研究所の設立に参画。取締役を務める。00年、多摩大学大学院教授に就任。同年シンクタンク・ソフィアバンクを設立。代表に就任。tasaka@sophiabank.co.jp   www.sophiabank.co.jp
ボランタリー経済について詳しく知りたい方は、著者の『これから何が起こるのか』(PHP研究所)を。

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オルタナ編集部

サステナブル・ビジネス・マガジン「オルタナ」は2007年創刊。重点取材分野は、環境/CSR/サステナビリティ自然エネルギー/第一次産業/ソーシャルイノベーション/エシカル消費などです。サステナ経営検定やサステナビリティ部員塾も主宰しています。

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