企業はなぜCSR(企業の社会的責任)活動をするのだろうか。これは単純な命題に見えるが、即答できる人はさほど多くないはずだ。環境とCSRと「志」のビジネス情報誌「オルタナ」を5年近く主宰してきた筆者も、ずっとモヤモヤが続いていた。
こんな経営者の声をたくさん聞いた。「当社は従業員をたくさん雇い、税金もたくさん払っている。それが立派なCSRでしょう」「うちは零細企業だから、CSRなんてやっている余裕はないよ」
しかし、残念ながら、雇用はCSRではない。もちろん、社員をいったん雇った以上は雇い続ける責任はあるが、それだけで社会に貢献したことにはならない。雇用するのは事業を継続・拡大するために必要だからで、一義的には会社の都合だろう。
法人税については、個人に置き換えると分かりやすい。個人で「自分は所得税を払っている」と自慢する人はいない。国民の義務だからだ。
「零細だから」「会社にお金がないから」--はどうか。こういう経営者さんには、ちょっと説得に工夫がいる。
そこで、視点を変えてみよう。「CSRは会社の発展に役立つ。企業価値を高めてくれる」と説明すると、ちょっと興味をもってくれるはずだ。
実例を挙げよう。横浜市の小さな造園業者、石井造園の石井直樹社長は3年前に、CSRを導入した。地域の経営者の集まりで触発されたのがきっかけだ。コンサル会社を入れるわけでもなく、自分なりのCSRを考え、実践してみた。
造園業者なので苗木1550本を地域住民に配布したり、地域の子どもたちと一緒に堆肥をつくったり、市民の森で観察会を開いたり。そのコストは、ぜいぜい数万円単位だ。
毎年6月には、地域の住民らを招いて本社・倉庫で「CSR説明会」を開く。筆者も今年参加したが、家族連れが多く、CSRという言葉を知らない人が大半の様子だった。
そこでは社員が一人ひとりが、慣れないマイクを手に1年間のCSR活動を一生懸命説明した。そのたびに200人近くの参加者から拍手が鳴り響いた。
石井社長は断言する。「CSRを始めて、社員たちが元気になった。結束力も生まれ、良い雰囲気になってきた」。CSRでモチベーションがアップしたからだろう。
企業の規模は全く違うが、損保ジャパンの佐藤正敏会長も全く同じ意見だ。「当社も90年代から環境・CSR活動をやってきて、社員に誇りが生まれた。CSRは間違いなく、ES(従業員満足度)に大きな効果がある」。
アクセンチュアがCSR活動について従業員アンケートをしたところ、「会社がきちんとCSR活動をしていて良かった」「家族が外からアクセンチュアのCSR活動についての情報を聞いてきて、いい会社だねと言ってくれて、良かった」などの回答が相次いだ。
アクセンチュアのCSR担当者は「良い会社であることは従業員満足度につながる」ことを実感したという。
石井造園の石井社長は、さらに「法令遵守(コンプライアンス)は当たり前。後でばれてカッコ悪いことは止めよう」と社内に呼びかけた。それまでは、ゼネコンから請求書の水増しを頼まれると断りきれなかったが、断るようにしたら、社員たちが生き生きしてきたという。
損保ジャパンの佐藤会長も「CSRを徹底することで、社員たちがコモンセンス(常識)を発揮できる。一人ひとりが誇りを持つようになる」と明快だ。
社員が常識と誇りを持つことは、社内のリスクマネジメント(危機管理)にも有効だ。法律に触れるか触れないかという微妙な判断を迫られた時に、毅然とした態度が取れるからだ。
みつばち文庫などのCSR活動を続けている山田養蜂場(岡山県)の山田英生社長は、「企業が悪いことをしないためには、良いことをし続けるのが一番」だと読売新聞のインタビューに答えている。(オルタナ編集長 森 摂)