バリ島ミーツアイヌ。遠く隔てた「くに」の伝統の融合は、私たちが失いつつある大切なものに気付かせてくれる。この実験的な試みは、「アイヌ影絵プロジェクト ポロ・オイナ〜超人アイヌラックル伝〜」と題し、12月15日、東京・浅草のアサヒ・アートスクエアで開催された。
アイヌ神話をバリ演劇のスタイルで上演する。一見無謀なこの企画を実現させたのは以下の面々だ。アメリカの影絵演出家、ラリー・リードは、バリのワヤン・クリット(影絵芝居)に魅せられ、これを習得。ネイティブ・アメリカンの物語の翻案など、新しい表現を開拓している。
構成・脚本は小谷野哲郎。彼もバリに魅せられた一人で、国内外でバリ舞踊を公演する。南洋神楽プロジェクトでは、近松の心中もののバリ仮面舞踊劇上演など、独創的な活動を試みる。彼はウロツテノヤ子バヤンガンズを率い、演技も行った。
音楽担当はOKI(ストーリー原案も兼任)とコーラスのマレウレウ。アイヌの血を引くOKIはアイヌ音楽に対し、クラブミュージックの導入など、現代的なアプローチも試みている。その姿勢には、少数文化を現代的な視点で捉え、グローバリズムと対峙するワールドミュージックの時流への呼応が見られる。
物語は有名なアイヌ神話をもとにしている。魔神が太陽の女神をさらい、助けに向かったカムイ(神)たちもまた虜となる。世界の危機を救うため、ケムシリのカムイと半神半人のアイヌラックルが魔神征伐に向かう。昨今では懐かしい勧善懲悪のストーリーだ。
影絵で登場するカムイやキタキツネは素朴な味わい。現代の精緻なCG、3Dとは対極の世界だが、視覚情報の少ない分、劇伴のアイヌ音楽と相まって、見るものの想像力をかき立てる。太陽の女神はどことなくヒンドゥーぽい。劇空間の構成はよく練られたものだ。物語の背景となるカムイとキタキツネは絵のシルエットによる静。
これに対し、主役である善のアイヌラックルと悪の魔神はかぶり物をつけて演じる殺陣の動と、コントラストをつける。光源との距離の取り方で演者の影は大小めまぐるしく変化し、スピード感にあふれた戦闘シーンが展開した。
モレウなどの螺旋的な伝統文様がめくるめく動く挿入シーンも見所だ。マレウレウの「ウポポ」の反復的な歌唱は呪術的で、映像と音効果が一体となってアイヌの神話世界へと誘う。これはクラブカルチャーのVJ、エレクトリックなリズムパターンにも似ているが、OKIならではの味わいか。
現代社会では生と死が巧妙に隠蔽され、洗練されたきれいごとが飛び交う。しかし、現実には世界は破壊と創造に満ちている。バリ独自のヒンドゥー文化は、これを尽きることのない善と悪の相克の物語として読み替えた。これは多神教文化のアイヌにも通じる世界観だ。2つの一見、異なる伝統文化の融合で示したもの。それは、世界を生き生きとしたものに読み替える想像力の復権である。(アライ=ヒロユキ)
アイヌ影絵プロジェクト
ポロ・オイナ〜超人アイヌラックル伝〜
2011年12月15日上演 会場:アサヒ・アートスクエア(東京・浅草)
主催:アサヒ・カフェナイト実行委員会
企画制作:P3 art and environment/ウロツテノヤ子バヤンガンズ/ShadowLight Productions
※2012年11月頃より全国公演の予定。