福島市在住の深田和秀さん(63)は、東電の原発事故後、線量計を常に持ち歩いている数少ない市民の1人だ。
2011年6月には毎時100μSv(マイクロシーベルト)を超える場所が何カ所もあった。だが、大企業は通学路に面した敷地内の除染にも無関心で、協力してくれなかったという。年が明けてようやく環境省が動き出したが、市民にとっては縁遠く、限られた場所だけアピールのためだけのように映る。
■住民の手による除染の限界
5月の連休には、年間20mSvという避難基準に匹敵する地域が、県内にかなり広がっていた。それ以来、深田さんは市民団体「放射能除去・回復プロジェクト」の中で、主に学童の生活圏に対処するために、住民の手でできる除染方法の実験を繰り返してきた。
「一軒につき70万円の除染予算なのに、実際は2倍近くかかっており線量はそれほど下がらない。コンクリートなどと結合したセシウムは容易にはがれない。膨大な労力をかけて除染しても、隣家や山からの落ち葉ですぐ元に戻る」と、除染の限界を早くから身を持って体験した。
梅雨時の線量は、最近の公式発表値毎時0.98μSv(高さ1m)の約2倍あった。だが、福島市が「雨で流れるから除染の必要はない」と伝えたため、町内会は動かなかった。細野大臣が除染宣言した9月以降にやっと動き出したものの、効果はなく住民の被曝が懸念されるだけだ。
効果の高い特殊な技術は町内会の住民には使えず、高圧洗浄か表土をはがすことしかできない。はがした土の仮置き場が決まらないので除染が進まない。やっと仮置き場が決まり除染を始めても、被曝防護の知識もない住民が借り出され、毎時10μSvの泥土を扱うそばで子どもたちが遊んでいたりする。過去の除染経験を生かすことなどとても無理だ。
「たとえ毎時2μSvの線量でも、除染は我々住民がやるべきことではない。専門の業者がやるべきだ」と、深田さんは訴える。
除染事業には地元企業を潤わせる目的もあったはずだ。だが、割に合わないと撤退した地元企業に代わって、大手が受注し下請けにまわすようになっているという。
■ 避難住民を帰すための除染は幻想
今年の元日から「放射性物質汚染対処特別措置法」が施行、21日には環境省福島環境再生事務所が開かれ、国の除染事業がやっと本格的に動き出したかにみえる。
細野豪志環境相は、「自治体や住民の考え方を尊重する、除染計画も効果の検証なども自治体に任せる」と国会で答弁した。環境省は前述の特措法に基づく自治体の実施計画を待っていたのだろう。2011年12月の時点でも、除染面積や工程などを把握していなかった。、自治体と住民の考え方が一致しなければ、どちらを尊重するつもりなのか。
福島市は定点計測地点周辺を真っ先に除染した。その結果をメディアが報道、汚染値が下がったとアピールして、避難している県民を呼び戻すためだ。
一方、除染の限界を思い知らされた深田さんにとって、避難住民を帰すための除染は幻想にすぎない。
雨が降るたびに上流の山地に溜まった放射能が下流の住宅地に流れてくるので、上流から面として除染しなければ効果はない。だが、政府は住民が移住しないように住宅地から除染する。
古い住宅地では、地震による排水溝の破壊や詰まりで水が溢れている場所があるが、市は把握していない。そんな場所で、安くて手軽な高圧洗浄による除染を行うので、放射能汚染水が拡散されるだけだと、深田さんは危惧する。
責任者である環境相が、除染に関する研究・技術の蓄積も人材も豊富な原子力研究開発機構(文部科学省所管の独立行政法人)が主力になると言い、農用地や森林の除染には農林水産省が関与するなど、縦割り省庁の弊害も健在だ。おまけに、除染と避難の管轄が環境省と経済産業省に分かれているため、相互補完的に機能しない。
深田さんは、除染現場は原発内作業と同じで、無用な被曝を避けるため子どもや妊産婦は避難させるべきだと言う。「それでも私たちが今除染するのは、落ち葉が腐葉土になったら何世代にも被害を及ぼすから。除染が遅れるほど、影響がもっと後まで引き継がれるからです」。(環境ジャーナリスト 川崎陽子)