「津浪と人間」:寺田寅彦(1933)の随筆―NPO法人「もったいない学会」会長 石井吉徳

寺田寅彦は自然科学者でありながら文学など自然科学以外の事柄にも造詣が深く、科学と文学を調和させた随筆を多く残した

「天災は忘れた頃にやってくる」 地球物理学者、寺田寅彦の有名な警告です。これが3・11の前に真剣に読まれていたら、今回の津波による悲劇は避けられたのです。

1933年に書かれた「津浪と人間」、改めてご覧下さい。3・11はこれに原発の事故が、心無い安全神話によってもたらされました。これは人災、津波とは違って避けられたのです。

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昭和8年3月3日の早朝に、東北日本の太平洋岸に津波が襲来して、沿岸の小都市村落を片端からなぎ倒し洗い流し、そうして多数の人命と多額の財物を奪い去った。

明治29年6月15日の同地方に起ったいわゆる「三陸大津浪」とほぼ同様な自然現象が、約満37年後の今日再び繰返されたのである。同じような現象は、歴史に残っているだけでも、過去において何遍となく繰返されている。

歴史に記録されていないものがおそらくそれ以上に多数にあったであろうと思われる。現在の地震学上から判断される限り、同じ事は未来においても何度となく繰返されるであろうということである。

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こんなに度々繰返される自然現象ならば、当該地方の住民は、とうの昔に何かしら相当な対策を考えてこれに備え、災害を未然に防ぐことが出来ていてもよさそうに思われる。これは、この際誰しもそう思うことであろうが、それが実際はなかなかそうならないというのがこの人間界の人間的自然現象であるように見える。

学者の立場からは通例次のように言われるらしい。「この地方に数年あるいは数十年ごとに津波の起るのは既定の事実である。それだのにこれに備うる事もせず、また強い地震の後には津波の来る恐れがあるというくらいの見やすい道理もわきまえずに、うかうかしているというのはそもそも不用意千万なことである。

しかしまた、被災者側に云わせれば、また次のような申し分がある。「それほど分かっている事なら、なぜ津波の前に間に合うように警告を与えてくれないのか。正確な時日に予報出来ないまでも、もうそろそろ危ないと思ったら、もう少し前にそう言ってくれてもいいではないか、今まで黙っていて、災害のあった後に急にそんなことを言うのはひどい。

すると、学者の方では「それはもう10年も20年も前にとうに警告を与えてあるのに、それに注意しないからいけない」という。するとまた、被災民は「20年も前のことなどこのせち辛い世の中でとても覚えてはいられない」という。これはどちらの言い分にも道理がある。つまり、これが人間界の「現象」なのである。

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オルタナ編集部

サステナブル・ビジネス・マガジン「オルタナ」は2007年創刊。重点取材分野は、環境/CSR/サステナビリティ自然エネルギー/第一次産業/ソーシャルイノベーション/エシカル消費などです。サステナ経営検定やサステナビリティ部員塾も主宰しています。

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