主力商品「ほんだし」に代表されるように、味の素にとって、海の資源がなければビジネスは成り立たない。海や河川の生態系に寄与しながら、過去に例の無い新しいアミノ酸の用途開発に挑戦したい。そんな研究者の思いが「環境活性コンクリート」を実現させた。(オルタナ編集部=吉田広子)
「アミノ酸をコンクリートに混ぜると藻類が付きやすくなる」。15年前の技術を手がかりに、味の素は、日建工学(東京・新宿)、徳島大学と共同でアミノ酸を入れた「環境活性コンクリート」の開発を行った。実証実験では、藻類が通常の5~10倍の早さで生長し、魚や貝類が集まってくることが分かった。藻場は食物連鎖の基盤となり、良好な漁場をつくる。
発端は、味の素がアミノ酸の新規用途開発を行ったことだった。アミノ酸は栄養素の一つで、たんぱく質を構成する。
同社は、微生物を培養する培地に、サトウキビの搾り汁である糖蜜やキャッサバ芋・コーンから作られた糖液を入れ、微生物の増殖とともに発酵法でアミノ酸を生産している。
抽出したアミノ酸は主に医薬や食品、化粧品等に配合されている。同社では以前からアミノ酸の新規用途開発に取り組んできたが、2009年に専門部署が立ち上がり本格的に始動した。全体を統括するアミノサイエンス事業開発部部長の栗脇啓は「人間の健康だけでなく、アミノ酸を使って生物全般・環境にも貢献できないだろうかという研究者の思いがあった」と語る。
■ 「食」「衣」の次は「住」
アミノ酸の新しい可能性――。アミノ酸を入れた衣料の開発も進んでいる。バイオファイン事業本部の多良千鶴は、「衣」「食」の次は「住」だと考えた。そこで特許や文献を探していたところ、アミノ酸とコンクリートについての技術の存在を知った。
有機物であるアミノ酸と無機物の象徴であるコンクリートの組み合わせ。人が聞いたら驚くだろうとわくわくした。だが、開発のパートナーを探すためにコンクリート関係者に電話をかけても「不要なものを捨てたいだけだろう」と厳しい返事が来たこともあった。
10社以上に断られた後、祈る気持ちでかけた先が、消波ブロックや護岸ブロックを製造・販売する日建工学だった。
「コンクリートに異物を混ぜるなどありえない。でも面白そうだ。もしかするとコンクリートのイメージを変える発見があるかもしれないと思った」
日建工学技術部課長の西村博一は当時の心境を語る。
■ アワビやサザエも集まる
コンクリートに異物を混ぜると固まりにくいとされる。20種類あるアミノ酸のうちどれが適しているか。強度を保ちながら、アミノ酸の効果を出すには配合をどうするか。
条件を変えながら試行錯誤を重ね、数百にものぼる試作品をつくった。アミノ酸の一つである「アルニン」がコンクリートとの相性が良いことがわかり、強度基準を満たした「環境活性コンクリート」がようやく完成した。
2009年6月からは徳島大学の協力のもと、実証実験を開始。第一号は、大阪府小島漁港に設置された。「環境活性コンクリート」と普通のコンクリートブロックを海に沈め、毎月引き上げて付着した藻類の量を調べた。
設置して4週間後には、通常のコンクリートに比べて5~10倍の藻が観察された。藻を食べるアワビやサザエも漁業者が驚くほど付着していた。
小島漁業組合の山原學組合長は、環境活性コンクリートを使って、港の中で魚介類の増殖場づくりを構想している。もともと港の中は大型魚が入ってこないので稚魚が育ちやすい環境だ。
しかし、下水道が整備されたため、山からの雨水が港に流れず、海の栄養が足りなくなっているという。環境活性コンクリートを使って藻場を作れば、再び稚魚が育ちやすい環境になるかもしれない。
山原組合長は、「漁師になって50年。海の環境は随分変わってしまった。水質は一時期より良くなったが、魚はなかなか戻ってこない。今度魚礁を作るときには環境活性コンクリートを使いたい」と期待する。
山口県椹野(ふしの)川では、2009年7月から実験を行っている。アユが環境活性コンクリートの藻を摂餌したり、ウナギが集まったりしている様子も観察され、川でも蝟集効果があることがわかった。
■ 命の循環を蘇らせたい