資生堂への動物実験反対運動からCSRを考える

NPO法人JAVA(動物実験の廃止を求める会)とそれに賛同する消費者グループが、資生堂に対して、「化粧品における動物実験の廃止」を求めている。(参考:JAVAの資生堂キャンペーン)

この問題は、「企業の社会的責任(以下、CSR)」を考える上で、とても参考になるケースである。「化粧品における動物実験」は、すでに代替実験によって客観的な安全が担保される方法が開発されており、敢えて動物実験が必要な原料・成分を使用しない限り、動物実験をせずとも商品の製造は可能だというのがJAVAの主張である。既に、EUでは化粧品における動物実験の廃止が法制化もされている。(参考:化粧品の動物実験をめぐる欧米の状況)

しかし、日本においては依然として廃止への歩みは遅く、この問題に関心を持つ消費者のフラストレーションが、今回の資生堂へのアピールという形になっている。このアピールに、資生堂はどのように対応するのか。

消費者がインターネットなどによって情報収集力を獲得した今日、メーカーと顧客の間の情報のトレードオフは縮まり、対応を誤れば致命的な信頼の失墜を招きかねない。また、今回のJAVAのアピールは、資生堂というメーカーにおける企業の社会的責任(以下、CSR)とはどうあるべきかという問題も投げかけている。

もし、今回のアピールが資生堂という巨人を動かすことになれば、日本において、小さな消費者団体が世界的な大企業を動かす、先進的な事例になる可能性も多分に含んでいる。

では、CSRの観点から資生堂はどのような対応をすべきなのか。今回のケースを基にその在り方を考えてみたい。

1.「企業の社会的責任」の問題点

まず、私達が認識しておかなければならない大前提として、CSRが持つ問題点があると思う。今回のケースで言えば、化粧品会社が動物実験を行うのは、それが必ずしも、企業の無責任、強欲、無関心などによって意図的に起きている問題ではないということである。

むしろ、実際にはまったく逆で、資生堂にしても、「顧客の安全を守る」という目的で動物実験を含む高度な製品開発を行ってきたものと思う。資生堂にしてみれば、CSRに基づいて「お客様のために」と考えて実施してきたことが、今は、そのお客様から「NO」を突きつけられていることになる。

このように、CSRを果たすということは、同じ事を行っていたとしても、外部環境や消費者の意識の変化によって、時として、まったく逆の結果をもたらしてしまうところに、その対応への難しさがあることを認識しておく必要がある。

2.なぜ資生堂が標的にされたのか

「化粧品における動物実験の廃止」という問題で、なぜ今回、資生堂が矢面に立たされてしまうのか、その背景には大きく二つの理由があると考えられる。

ひとつは、消費者の資生堂に対する過度な期待とそれに伴うCSRの追求である。資生堂という企業は、市場シェアにおける数字以上に、消費者にとっては、単独メーカーとして絶対的なメガブランド、業界のリーダー的存在と認識されている。つまり、その認識の反動として、イメージ的に「一番の加害者」に映ってしまっているわけである。

そして、もうひとつの理由は、潜在的な「政治への失望、幻滅」もあるのだと思う。本来、こうした運動は監督官庁に向けられても良いはずである。消費者は、もはや政治にそのようなパワー、機動性を期待してはおらず、メーカー、それも、最大の効果のある業界のリーダーを動かした方が手っ取り早いという考えが潜在的にあるのではないだろうか。

3.資生堂がとるべき対応

資生堂がこの問題に対して自らのCSRを果たし、且つ、消費者の支持を得るためには、以下の3つの対応を最大限行っているという姿勢を示す必要があると思う。

1)積極的なコミットメント(正しい法規制への働き掛け)

資生堂側にすれば、なぜ自分のところのみが標的にされるのかという想いもあると思う。確かに、これは資生堂一社の問題でないことは明らかである。しかし、このような場合、「自分達一社の力では・・・」と実行できない理由を外部に求め、消極的な対応に終始するのではなく、「自分達一社だけでも・・・」という発想の転換が必要だと思う。ただし、その対応が莫大なコストを必要とするような場合、一社だけが無理な対応を行えば、他の良識のない強欲な競合他社に競争を有利にさせてしまうことにもなりかねない。このような場合には、自らが業界のあるべきスタンダードを考え、正しい規制の立法化のために、監督官庁に積極的な働き掛けを行うべきである。(まずは、監督官庁、資生堂、消費者代表の三者からなる意見交換の場を積極的に設置)

2)知りながら害をなすな(代替実験への積極的な移行)

現在行っている動物実験を見直し、代替実験が可能であれば代替実験へ移行、もしくは実験の必要のない原料への転換を、できるものから「即時」行うことが重要であると思う。すべての体制を整えてからというようなスピード感では、消費者の理解を得ることは難しいと思われる。CSRの原則のひとつである「知りながら害をなすな」を即刻、実践すべきである。

3)善いことをなすのではなく、正しいことをなせ(ステークホルダー、業界への働きかけ)

化粧品における動物実験の反対は、自己満足や称賛を勝ち取るために行うのではなく、CSRにおけるもうひとつの原則、「道徳的、倫理的に考えて、“正しいこと”であるから行う」という考え方に立脚しなければならない。従って、資生堂は自社の都合だけを考えずに、動物実験に反対の姿勢を、取引先や関連会社に対しても求めていく姿勢を打ちだしていかなければならない。さもなければ、目の肥えた消費者には単なるスタンドプレーと映る危険性が増し、また、自社では廃止しても、関連会社で動物実験させた原料、商品を納入させる道を残してしまい、せっかくの廃止への取組みも意味のないものになってしまう可能性がある。

もし資生堂が以上のことを実施すれば、もしかしたら一時的にコスト負担が増えて、短期的には利益を圧迫する結果になるかも知れない。それでも経営陣に英断を迫るためには、ステークホルダー全員のバックアップが必須であることは言うまでもない。

経営陣は勿論、ステークホルダーも、この問題が近日中にグローバルスタンダードになり、率先して対応するリスクよりも、対応に出遅れるリスクの方がずっと大きいということを認識しておく必要がある。

4.最後に

CSRへの対応は、ともすると企業と消費者、社会との対立の構図を生み出す。今回の問題では、化粧品会社の利害と動物愛護の精神を、ゼロサムで考えていたのでは問題の解決に至ることはできない。

資生堂は、「美」というものを追求する会社である。その「美」が、多くの動物の不必要な犠牲の上に成り立っているという事実をどう考えるか、これは文字通り、資生堂の「美意識」の問題である。

欧米の化学的に優れた化粧品に対抗、競争するために動物実験も含む製品開発に邁進してきた資生堂にとって、今度は、外圧によって動物実験反対を突きつけられることは皮肉としか言いようがない。

しかし、この問題に資生堂が積極的に対応し、製造過程における自社の動物実験を廃止するだけでなく、自ら一歩進んで、業界のリーダーシップを取ることができれば、文字通り、世界に誇るメーカーとして、消費者から尊敬される存在となるのは間違いない。

反対に、絶対に避けるべきは、変化を嫌い、消費者を置き去りにして、悪しき横並び意識による「これまでの業界のスタンダード」に固執することではないだろうか。

多摩大学総合研究所客員研究員

株式会社アットパス代表取締役

小池 勝也

editor

オルタナ編集部

サステナブル・ビジネス・マガジン「オルタナ」は2007年創刊。重点取材分野は、環境/CSR/サステナビリティ自然エネルギー/第一次産業/ソーシャルイノベーション/エシカル消費などです。サステナ経営検定やサステナビリティ部員塾も主宰しています。

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