環境や社会問題を常に考えながらモノやサービスを選ぶ人はまだまだ日本には少ない。その原因は、企業側にも生活者側にもある。ふだん何気なくスーパーの特売品を選ぶことが多い「シャンプー」を題材に、どうすれば日本に「グリーンな生活者」が増えるかを考えてみた。(森 摂=編集長、枝松 麗)
昨年3月8日、東京・渋谷から原宿にかけて、大半が若い女性たちという一風変わったデモ行進があった。中にはウサギの「かぶりもの」や着ぐるみを身に着けていた人もいた。
抗議行動の趣旨は「化粧品の動物実験に反対します」というもの。傷ついたウサギやモルモットの写真のプラカードが多く掲げられ、「資生堂さん、花王さん、カネボウさん、今すぐ動物実験をやめて下さい」と具体的なメーカー名を出したシュプレヒコールもあった。
デモを主催したNPO法人 動物実験の廃止を求める会(JAVA)の亀倉弘美さんによると、EUは今年3月、改正「化粧品指令」を施行し、製品の安全性の最終評価だけでなく、原料段階の評価でも動物実験を原則的に禁じた。これに伴い、培養細胞を使う代替試験法が急速に普及している。
これに対して、「日本で動物実験を廃止した化粧品の大手メーカーは皆無」(JAVA)で、動きは鈍い。特に化粧品開発での動物実験では、眼への刺激性を調べるのに、生きたウサギの眼を使っており、これも女性たちの反感を買った。
環境や人権の問題もはらむ
日本の消費者たちは、今までこうした問題については鈍感だった。その点ではメディアの責任もあるだろう。だが、警察の監視を受けてまでデモに踏み切った若い女性たちの問題意識や怒りは、今後、日本でも増幅していく可能性がある。これは決して一部の活動家の話ではない。
シャンプー一つをとっても、動物実験だけではなく、合成界面活性剤による健康への影響や環境負荷、原料の調達先である発展途上国の児童労働や人権問題、フェアトレード、容器リサイクル問題などさまざまな問題をはらんでいる。本稿ではシャンプーに焦点を当てたが、これはあらゆる消費財やサービスで問われかねない問題だ。
合成界面活性剤による健康や環境への悪影響は、さまざまな書籍で指摘されている。「有機物による分解性が悪く、環境への負荷が高い」(「せっけんシャンプー快『髪』読本」、石井妙子著、三五館)。「シャンプーが頭髪や頭皮に残ることでの毒性は無視できない」(「合成洗剤 買わない主義 使わない宣言」、坂下栄著、メタモル出版)─など枚挙に暇がない。
環境に熱心な企業を選ばない
しかし、残念ながら、日本では環境や社会問題を考慮して、モノやサービスを選ぶ人の割合は、まだ世界的に見ても低い。
博報堂生活総合研究所の「世界8都市・環境生活調査」(08年)によると、東京の生活者は「地球温暖化への危機感を抱いている」割合が88%と8都市平均より8ポイントも高いものの、「地球環境への取り組みに熱心な企業の商品を積極的に選んでいる」と答えたのは47%で、ロンドンやモスクワなど8都市中最低だった。
また、地球温暖化への意識は高いものの、貧困や人権、動物実験など、メディアが取り上げにくい問題になると、とたんに関心が薄くなる。
「チョコレボ実行委員会」の調査(08年)によると、商取引での立場が弱い途上国の貧困や格差問題を解決するための「フェアトレード」(公正取引)について、「貧困や環境に関わるキーワードだと認知している」と答えた人の割合は16・7%に過ぎなかった。前年の2.9%に比べると大きく伸びたが、それでも決して高い数字とは言えない。
ふだんの消費行動で、環境や社会問題を選択の基準にしている人の割合はさらに少ない。オーガニック認証農産物が全体の農産物に占める割合は0・16%と、中国(0・41%)より少ない(IFOAMの05年調べ、耕地面積ベース)ことや、自然エネルギーによる電力供給量が日本全体の1%に過ぎないことを考えると、日本で「グリーンな生活者」の割合は、1─3%程度と推計される。
若い生活者ほど環境意識は高い
だからと言って「日本ではグリーン生活者が育たない」という悲観論に陥る必要もない。生活者一人ひとりが、自らの消費行動によって世界や社会を変えられるという意識と義務感を持てば、世の中の仕組みは変わっていく。上記の博報堂生活総研の調査で、実に88%の生活者が「地球温暖化への危機感を抱いている」という事実は、今後、日本でもグリーンな消費者が増えることを予感させる。
特に若い世代は環境や社会問題に対する関心が高い。国際青年環境NGOであるASEEDジャパンの鈴木亮さんは「30代前半より若い世代は総合学習で環境を習ったり、京都議定書をきっかけにイベントやNPOに参加したりした経験が多い。いわば『京都議定書世代』だ」と話す。
そうした彼/彼女らが日本の働き手・生活者の主軸になっていくことは、一つの光明ですらある。
「心のハピネス」が求められる
企業にとっても、環境への取り組みや社会貢献が生活者、顧客、社員、学生をふくむ求職者、投資家、株主、金融機関、地域社会に評価される際に、ますます大きな「モノサシ」になっていくだろう。
これらステークホルダーの期待に答えるために必要なことは、「顧客を超える」「常識を超える」「法律を超える」の三つだろう。
「顧客を超える」とは、丸の内ブランドフォーラムの片平秀貴代表が10年以上、世に問い続けて来た言葉だ。ブランドづくりの経営モデルは顧客にハピネスを提供することだが、近年、製品やサービスの品質によるハピネスだけではなく、環境や社会問題に対する企業の姿勢に広がってきた。「モノによるハピネス」から「心のハピネス」へ、と形容できるかもしれない。
パタゴニアやボディショップの熱烈なファンは、製品はもちろんのこと、環境や社会に対する「創業者の思い」に深く共感してきた。一般的な商品に比べて割高なことも多いが、それが購買の障害にはなっていないどころか、むしろロイヤリティが高い顧客が育ち、彼らの業績を支えている。
「法律を超える」ことが必要な実例は、どこの業界にもある。太陽光や風力発電など自然エネルギーの導入を推進するための法律「RPS法」は、その導入目標が低すぎて、逆に自然エネルギーの普及を阻害している一面がある。
有機農業推進法は、その基準が厳しすぎることと農家の負担が大き過ぎることで、実体的に有機農業を推進してはいない。
英ラッシュ日本法人の上原ミスミ取締役は、包装によるゴミを減らすために固形シャンプーのポリフィルム包装を省けるよう厚生労働省の担当者に10年以上も掛け合っているというが、いまだに実現していない。
安易な「コーズ」は両刃の剣
「百年に一度」と呼ばれた世界同時不況が続く中で、顧客や市場から評価されるためには、環境活動や社会貢献を前面に掲げた企業戦略が一層求められている。その一つが「コーズ・マーケティング」だろう。
「1リッター フォー 10リッター」(ボルヴィック)や「nepia 千のトイレプロジェクト」(王子ネピア)、森永乳業の「エンゼル・スマイル・プロジェクト」などがよく知られている。
いずれも売上高の一部を社会貢献や環境活動に寄付するもので、ボルヴィックのキャンペーン期間中の売上高は、初年度の07年に前年同期比で31%増え、王子ネピアも業界トップシェアになるなどの成果があった。
こうした成功事例にあやかろうと、多くの企業がコーズ・マーケティングを研究しているが、本質を見誤ると逆効果になりかねない。「献身的」「持続的」「独創的」「本質的」「全社的」という5つの条件が問われている。
このうち「持続的」が大事なのは、せっかくの社会貢献活動でも短期間で止めてしまえば、被援助国から反発さえ予想されるからだ。経営者や担当者が変わっても、継続的に活動を続けることが重要だ。
批判を恐れず、始めよう
このように厳しいことを書くと、新たな環境活動や社会貢献に踏み出そうとする企業は二の足を踏むかも知れない。だが、「世界を変えるショッピングガイド」(サンクチュアリ出版)を昨年4月に上梓した野村尚克・コーズブランド・ラボ代表は「批判を恐れず、まずは始めてみてほしい。年月を重ねるに連れてノウハウが蓄積すれば、高い競争力が持て、新たな創造力や哲学も生まれてくる」とエールを送る。
◆企業への提言
①顧客を超える ブランドづくりの真髄は、顧客の期待を上回ることにあります。製品やサービスだけではなく、環境や社会問題に対する企業の姿勢も問われています。
②常識を超える 前例がない、業界や同業者が動いていないからと何もしないのは、単なる「横並び」精神です。競争に勝ち抜くためにも、先取の精神と技術が重要です。
③法律を超える 「コンプライアンス」(法令順守)は当たり前。日本の法律は海外の先進国に遅れを取っている場合もあります。法律の先を行くレベルを目指しましょう。
◆生活者への提言
①意識を変える 自分たちがどんなモノやサービスを選ぶかで、世界や社会が変わるという意識をもちましょう。それは消費者の権利でもあり、義務でもあるのです。
②行動を変える 地球環境や社会問題に配慮した製品やサービスを積極的に選びましょう。少々割高な場合も多いですが、それは地球や社会に対する「税金」でもあるのです。
③法律を変える 日本の立法府は、変化に対しての対応が遅れがちです。しかし、それは選挙民の責任でもあるのです。不都合な法律があれば、立法府に働きかけましょう。
*********
「シャンプーで世界を変える!」と真剣に考える、オルタナ編集部おすすめの経営者たちのブランドは、本誌14号 でご紹介しています。