記事のポイント
- 働き方改革は「残業削減」ではなくウェルビーイングの視点で取り組むべきだ
- 導入企業では「自己啓発の時間」や「感謝ポイント制度」を導入し効果を出す
- ウェルビーイング導入に向けてPDCAサイクルを回し理解を深めることが重要だ
前編では、ウェルビーイングの概念や幸せの4つの因子について詳しくお話ししていただきました。後編では、ここからは、これらの知識を実際のビジネスシーンでどのように活用し、組織全体の幸福度と生産性を高めていくかについて、より具体的にお話をうかがいます。(NPO法人インフォメーションギャップバスター理事長・伊藤芳浩)

■ 「ワーク vs ライフ」は古い: ワークインライフで幸せを統合
――4つの因子を踏まえた上で、ワークライフバランスについて、ウェルビーイングの観点からどのようにお考えでしょうか。
「ワークライフバランス」という言葉には誤解があるんですよ。なんだか「ワークは不幸せで辛いもの」で「ライフは楽しい幸せなもの」という考え方が入ってしまいがちだと思うのです。本当はワークもライフも幸せであるべきなのです。
私は「ワークインライフ」という考え方を推奨しています。仕事は生活の一部なのです。それを楽しみながら生き生きと、やりがいのある仕事をする。そして私生活も生きがいのあるものにする。このように、「ワークもウェルビーイング、ライフもウェルビーイング」という方が、私はわかりやすいし誤解がないと思うのです。
もちろん、時間のバランスを取ることは大切です。でも、単に労働時間を減らせばいいわけじゃない。仕事にも私生活にも幸せを見出せるようになることが本当の意味でのバランスだと思います。
ワークインライフの考え方は、4つの因子とも密接に関連しています。例えば、『やってみよう』因子は、仕事でもプライベートでも新しいことにチャレンジする姿勢につながります。『ありがとう』因子は、職場での人間関係だけでなく、家族や友人との関係性にも影響します。
『なんとかなる』因子は、仕事と私生活のバランスを取る上で重要です。時には仕事が忙しくなることもあるでしょうし、逆にプライベートの用事で仕事に支障が出ることもあるでしょう。そんな時に「なんとかなる」と柔軟に対応できる姿勢が大切です。
『ありのままに』因子は、自分らしい生き方を追求することにつながります。仕事でも私生活でも、自分の個性や価値観を大切にすることが重要です。
ワークライフバランスを考える際に大切なのは、仕事と私生活を対立するものとして捉えないことです。むしろ、両者が相互に良い影響を与え合う関係を築くことが理想的です。仕事での経験が私生活を豊かにし、私生活での充実が仕事のパフォーマンスを高める。そんな好循環を作り出すことが、真のワークライフバランスだと考えています。
企業としては、従業員がこのような考え方を持てるような環境作りが重要です。例えば、柔軟な勤務体系の導入、有給休暇の取得促進、育児・介護支援制度の充実などが考えられます。ただし、制度を作るだけでなく、実際に利用しやすい雰囲気作りも大切ですね。
■残業削減だけじゃない: ウェルビーイングが導く真の働き方改革
――近年、働き方改革が進められていますが、ウェルビーイングの観点から見て、現在どのような課題があるとお考えでしょうか。
働き方改革にも誤解があると思います。本当は、みんなが幸せに働くことを第一に考えれば、生産性が上がるから残業も減るし、それからイノベーションも起きるのです。ところが「無駄を減らしましょう」から始めるとリスクを取ってチャレンジすることを減らしてしまいます。
やはり働き方改革のキャッチフレーズが「労働時間を減らしましょう」という出発点になりがちなのが良くないのです。本当はみんなが、やりがいとつながりを持って働く。その結果、無駄な会議を減らす、ではなく、むしろ必要な会議を増やして、生産性が上がり、幸せになって、いいことが起きるっていう方向性だと思うのです。
多くの会社は、働き方改革の部分だけを見て全体を見ていないから間違えてしまっているのです。働き方改革が始まるときから、ウェルビーイングを入れておくべきだったと思っています。もちろん入れている会社もあります。そうした会社はうまくいっていると思います。
働き方改革の本質は、単に労働時間を減らすことではなく、従業員一人ひとりが生き生きと働ける環境を作ることです。そのためには、ウェルビーイングの視点が不可欠です。
例えば、テレワークの導入を考えてみましょう。単に在宅勤務を可能にするだけでは不十分です。従業員の孤立感を防ぎ、チームとのつながりを維持する工夫が必要です。オンラインでのコミュニケーションツールの活用や、定期的なバーチャル懇親会の開催などが考えられますね。
また、成果主義の導入も慎重に行う必要があります。短期的な成果だけを追求すると、従業員のストレスが高まり、長期的にはパフォーマンスの低下につながる可能性があります。成果評価と同時に、プロセスや成長度合いも評価する仕組みが大切です。
さらに、ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョンの推進も重要です。多様な働き方を認め、それぞれの個性や強みを活かせる環境を作ることが、組織全体のウェルビーイング向上につながります。
働き方改革を進める際は、トップダウンだけでなく、現場の声をしっかり聞くことも大切です。従業員参加型のワークショップを開催したり、定期的なアンケート調査を実施したりすることで、実態に即した改革を進めることができます。
最後に強調したいのは、働き方改革は終わりのない取り組みだということです。社会環境や技術の変化に合わせて、常に見直し、改善していく必要があります。その際、常にウェルビーイングの視点を持ち続けることが、真の意味での働き方改革につながるのです。
■ 自己啓発の金曜日、感謝ポイント制度: 先進企業に学ぶウェルビーイング
――ウェルビーイングを実践している企業の具体例を教えていただけますか。どのような取り組みが効果的だったのでしょうか。
実際にウェルビーイングを導入している企業として、西精工、伊那食品工業、ネッツトヨタ南国、石坂産業などが挙げられます。
これらの企業に共通しているのは、ウェルビーイングを単なるスローガンではなく、企業文化として根付かせていることです。例えば、ある企業では、毎週金曜日の午後を「自己啓発の時間」として設定し、従業員が自由に学習や趣味の活動に使えるようにしています。これは『やってみよう』因子を促進する取り組みですね。
また、別の企業では、「感謝ポイント制度」を導入しています。従業員同士が日々の仕事の中で感じた感謝の気持ちをポイント化して贈り合い、そのポイントを福利厚生に使えるというものです。これは『ありがとう』因子を強化する取り組みだと思います。
中には、従業員の家族も含めたイベントを定期的に開催している企業もあります。家族ぐるみのつながりを作ることで、従業員の仕事に対する理解と支援を得やすくなり、ワークライフバランスの向上にもつながっています。
さらに、従業員の健康管理に力を入れている企業も多いです。単に健康診断を実施するだけでなく、運動習慣の促進や食生活の改善支援、メンタルヘルスケアなど、総合的なアプローチを取っています。
これらの取り組みの結果、従業員満足度の向上、離職率の低下、生産性の向上などの効果が報告されています。さらに、企業イメージの向上にもつながり、優秀な人材の獲得にも好影響を与えているのです。
重要なのは、これらの取り組みを形だけ真似るのではなく、自社の文化や状況に合わせてカスタマイズすることです。そして、継続的に効果を測定し、改善を重ねていくことが成功の鍵となります。
■経営者自身が体現者に: ウェルビーイング導入の6ステップ
――ウェルビーイングを導入する際、経営者が注意すべき点はありますか。また、導入にあたっての具体的なステップを教えていただけますか。
まずウェルビーイングは単なる福利厚生の充実ではないということを理解してほしいです。本質的な従業員の幸せを考えることが大切です。
次に、トップダウンだけでなく、従業員の声をしっかり聞くことです。ウェルビーイングは個人によって異なるものですから、多様な意見を取り入れることが重要です。
また、すぐに結果を求めすぎないことも大切です。ウェルビーイングの効果は徐々に現れてくることが多いので、長期的な視点を持つことが重要です。
そして、経営者自身がウェルビーイングを体現することも大切です。リーダーが幸せそうでないのに、従業員の幸せを求めても説得力がありません。
最後に、取り組みの継続性も重要です。一時的なイベントや施策だけでは不十分で、企業文化として根付かせていく必要があります。
ウェルビーイングの導入にあたっては、以下のようなステップを踏むことをお勧めします。
現状分析: 自社の従業員のウェルビーイング度合いを測定します。アンケート調査や面談を通じて、現在の課題や改善点を明確にしましょう。
目標設定: ウェルビーイング向上によって達成したい具体的な目標を設定します。例えば、従業員満足度の向上、離職率の低下、生産性の向上などです。
戦略立案: 4つの因子を考慮しながら、具体的な施策を計画します。この際、従業員の意見も積極的に取り入れましょう。
パイロット実施: 全社展開の前に、特定の部署や小規模なグループでパイロット的に実施し、効果を検証します。
全社展開: パイロットの結果を踏まえて必要な調整を行い、全社的に展開します。
継続的な評価と改善: 定期的に効果を測定し、必要に応じて施策を見直します。
このプロセスを通じて、経営者自身もウェルビーイングについての理解を深め、自らも実践することが大切です。リーダーの姿勢が組織全体に大きな影響を与えることを忘れないでください。
また、ウェルビーイングの取り組みは、他の経営施策とも密接に関連しています。例えば、人材育成策、イノベーション戦略、顧客満足度向上の取り組みなどと連携させることで、より大きな効果が期待できます。
最後に、ウェルビーイングの取り組みは、決して従業員を甘やかすことではありません。むしろ、従業員一人ひとりが自己実現を目指し、組織の目標達成に向けて主体的に行動するための環境づくりなのです。この点を常に意識しながら、取り組みを進めていくことが重要です。
■ 小さな炎から大きな変革へ: ウェルビーイングが創る幸せな社会
――最後に、ウェルビーイングの実現に向けて取り組もうとしている経営者の方々へメッセージをお願いします。
結論として言いたいのは、やっぱり「優しさ」と「愛」です。「戦い」や「意地悪」ではなく、優しさと愛で切磋琢磨する社会になっていくべきだと思います。
経営者の皆さんには、小さな一歩から始めてほしいです。優しさと愛を感じ、それを周りに広げていく。それは焚き火のようなものです。最初は小さな火でも、だんだん周りに広がっていく。今の社会では時々その火を消そうとする圧力も存在しますが、諦めないでください。
小さな火を燃やし続ける人が日本中、世界中にたくさんいます。皆さんも、その一人になってください。社員一人ひとりを大切にし、彼らの幸せを考えることが、結果的に会社の成長につながるのです。
私は、正義は必ず勝つと信じています。ですから、みんなで力を合わせて、優しさと愛に溢れた世界を作っていきましょう。それが、本当の意味での成功した企業、幸せな社会につながるのです。
ウェルビーイングの実現は、決して一朝一夕には達成できません。時には挫折や失敗を経験することもあるでしょう。しかし、その過程自体が組織の成長につながるのです。
繰り返しになりますが、重要なのは、ウェルビーイングを単なるプログラムや施策としてではなく、組織の文化として愛を込めて根付かせることです。時間はかかっても一度根付けば、持続可能な競争優位性となります。
また、ウェルビーイングの取り組みは、社会全体にも大きな影響を与えます。幸せな従業員は、家族や地域社会にもポジティブな影響を与えます。そして、そのような企業が増えることで、社会全体がより幸せになっていくのです。
経営者の皆さんには、ぜひ長期的な視点を持って取り組んでいただきたいと思います。短期的な利益だけでなく、従業員の幸せ、顧客の満足、社会への貢献、そして地球環境への配慮。これらすべてを包括的に考えることが、これからの時代に求められるリーダーシップです。
最後に、皆さん自身のウェルビーイングも大切にしてください。リーダーが幸せでなければ、組織全体の幸せを実現することは難しいのです。自分自身の幸せを追求しながら、組織と社会の幸せも追求する。そんな素晴らしいリーダーが増えることを心から願っています。
ウェルビーイングの実現に向けた皆さんの挑戦を、私も研究者として全力でサポートしていきたいと思います。共に、より幸せな社会の実現に向けて歩んでいきましょう。