記事のポイント
- NECは20年以上に渡り、若手社会起業家の育成支援を行う
- 同社のPurpose(存在意義)に基づく取り組みだ
- 社員有志がプロボノとして起業家の伴走支援にも取り組む
NECは社会起業家の伴走支援を通して、社員の意識変革に取り組む。同社は2002年から若手社会起業家を対象にした「NEC社会起業塾」を開いている。約8カ月間に渡り、ソーシャルビジネスを講師から学ぶプログラムだ。塾の卒業生起業家には、社員有志が引き続きプロボノを通して伴走支援する。(オルタナ編集部)

NECは「社会起業家」という言葉が世の中にまだ定着していない2002年から社会起業家の育成支援に取り組み始めた。社会起業家の支援を行うNPO法人ETIC.(エティック、東京・渋谷)と組み、「NEC社会起業塾」を開いた。
社会起業家とは、事業で社会問題を解決する「ソーシャルビジネス」に取り組む起業家を指す。一般的なビジネスは、サービスの受益者から対価をもらえるが、ソーシャルビジネスの場合は受益者から対価をもらえないケースが多い。サービスの受益者が社会問題の当事者や貧困層である場合が多く、対価を受け取ることが難しいのだ。
そのため、ソーシャルビジネスを持続可能にするには、第三者から対価を受けるなど、一般的な事業とは異なる考え方でビジネスモデルを構築し、キャッシュポイントを見つけないといけない。加えて、社会問題に挑む起業家本人の「志」も重要だ。その志によって、共感が生まれ、多くの仲間ができる。
こうした社会起業のノウハウや知見を、NEC社会起業塾では教える。講師から、社会問題の設定の仕方や事業戦略・事業計画書を策定するポイントなどを学ぶ。約8カ月、同じ志を持った社会起業家と切磋琢磨しながら学びを深めるコミュニティーだ。自らの自己成長にもつながると評判だ。

■卒業生の平均成長率は「3倍」に
NEC社会起業塾の卒塾生数は74団体(2025年3月末現在)に及ぶが、社会的なインパクトは大きい。卒塾生の事業継続率は81%(2025年3月末現在)、卒塾生の平均成長率は約3倍(2012~2019年度の卒塾生50団体)だ。国や自治体の政策や事業に影響を与えた卒塾生も少なくない。
この功績は、日本の経済三団体の一つである経済同友会も認めた。経済同友会は今年1月、企業がソーシャルセクターと連携することの重要性をまとめた、「『ソーシャルセクター連携』のすすめ~共助経営のためのガイダンス~」を発行した。このガイダンスの先進事例の一つに、NEC社会起業塾を取り上げた。
■NECは「プロボノ」の先駆者でもある
NEC社会起業塾の特徴の一つに卒業後のフォローアップがある。卒業後も、プロボノとして社員有志がチームを組んで、事業の拡大を後押しする。
実はNECは、社会起業家支援の草分けでもあるが、「プロボノ」の先駆者でもある。プロボノとは、社員がスキルを活用してNPOや社会起業家の事業支援に無償で取り組むことを指す。普段の業務とは違う組織で自身のスキルを生かすため、新たな視点に気付くことができる。
同社にはプロボノに関心を持つ700名以上の社員有志の組織「NECプロボノ倶楽部」があるが、そのきっかけとなる「NECプロボノイニシアティブ」を2010年に開始した。その当時、プロボノに取り組む日系企業として、NECは初であった。
2010年度から2024年度までにプロボノ活動に参加した社員は約2,000名に及ぶ。プロモーションの強化、業務マニュアル・営業ツールの制作、マーケティング調査などを中心にNPOなどの支援を行ってきた。コロナ禍ではIT技術を活用した情報発信をアドバイスした。
■社会起業家のモチベーションの向上にも一役
3月21日夕方、都内の会議室でNECのプロボノメンバーが集まっていた。モニターには支援先団体の営業資料が映し出され、改善点を話し合う。
支援先団体は、メンタルヘルス不調の予防に取り組むBANSO-CO(バンソウコウ)だ。オンラインで法人向けのメンタルヘルス不調予防や、職場のエンゲージメント向上サービスを中心に展開する。同社は東京医科歯科大学(現:東京科学大学)発のベンチャーだが、その特徴はビジネス経験を持たない3人で創業した点にある。

創業メンバーの3名は、国際弁護士、心理士、心理学・疫学研究者、子育て支援の各専門的バックグラウンドを持つ。メンタルヘルスケアの普及に関心を持っていたが、どうビジネスとしてサービスを広めていけばいいのか悩んでいた。そこで見つけたのが、NEC社会起業塾だ。2021年7月に起業後、すぐに2021年度のNEC社会起業塾に参加した。

卒業後もNEC社員がプロボノとして、営業やマーケティング、広報などで助言を行う。例えば、2024年上期の取り組みの一つは、営業資料の作成だ。メンタルヘルス不調の予防効果は定量化が難しい。営業資料に専門的な内容を詰め込み過ぎてしまうと返って、その効果が伝わらないこともある。そこで、プロボノメンバーと何度も話し合いながら、「伝わる」資料作成に取り組んだ。
また、NECプロボノの中で生まれたサービスもある。優秀な心理士を抱えるBANSO-COの強みを活かし、エンゲージメント研修などを提供後、心理士による個別フォローアップを行うものだ。
心理士がマンツーマンで課題解決に向けたアドバイスやストレスケアを行うことで、課題解決とメンタルヘルスケアが同時にされるという仕組みだ。累計15人以上のプロボノメンバーとBANSO-COが専門知識を持ち寄って協議を重ね、ユーザー満足度が100%と人気のサービスに成長した。
BANSO-COは2023年度から、プロボノメンバーとの定例MTGを1~2週に1回、年間を通して行ってきた。その効果によって、同社のTo B事業の売上高は直近で2倍に成長したという。
BANSO-COの鶴田桂子・代表は、「事業を拡大するための考え方やノウハウを親身になって教えて頂いた。知見だけでなく、熱量を感じた」と話す。分からないことや相談したいことをメールすると、早い時には30分も経たないうちに参考資料とともに返事が返ってくる。
「社内だけで話していては、自分たちがやりたいことに目が向いて客観的な視点を持てないことがある。客観的な立場でコメントを頂けることで、伝わる資料づくりのために必要な作業を整理できた。心理的安全性が保たれた中でこうしたやりとりができたので、何でも相談でき、密な話し合いの中で新しい視点も得た」(鶴田代表)
■戦略的なプロボノマネジメントで成果を上げる
BANSO-COのプロボノにリーダーとして関わったのは、キャリア入社3年目の鶴田和矢氏だ。30代の鶴田氏は、NECソリューションイノベータの採用担当者だ。
鶴田氏がプロボノを通してBANSO-COに伴走するのは、2回目だ。NECのプロボノは数か月~半年を1シーズンとして行う。それぞれのシーズンごとに支援する分野を決めて、その分野に知見を持ったNEC社員がプロボノとして関わる。
2023年に始まったBANSO-COのプロボノは、現在3シーズン目に入った。1シーズン目は、主に事業計画の支援を行った。収支状況から会社の強みと改善点をアドバイスした。2シーズン目は営業とPRを、現在進行中の3シーズン目は営業とマーケティングを支援する。
鶴田氏は1シーズン目にメンバーとして関わった。現在進行する3シーズン目はリーダーとしてプロボノメンバーを率いる立場で関わる。前職がヘルスケアサービスを扱うスタートアップだったので、BANSO-COの事業には関心があったという。

今後のキャリア形成の一環として、「スタートアップにいたので、その大変さは理解できます。何かしら役に立てるだけでなく、面白いことができそうだと思いました」とプロボノへの参加を決めた理由を話す。
プロボノメンバーはキャリア10~15年の中堅が多い。鶴田氏はチーム最年少だ。意見を出すだけでなく、他のプロボノメンバーの支えも得ながら、議論が円滑に進むように裏方としての立ち回りを意識したと話す。
一般的にプロボノは個々人のスキルを生かすのだが、NECのプロボノは組織的に取り組むことが特徴だ。本業があるので、各メンバーの役割を明確化し、最小の時間で最大のアウトプットを生み出すことを狙う。売上高など成果につながっている要因はこの戦略性にあるだろう。
プロボノを始める前に参加メンバーのスキルや特徴が合っているか、リーダーと「NECプロボノ倶楽部」事務局担当者らが話し合う。「NECプロボノ倶楽部」内にプロボノを推進する専任チームを設けており、そのチームのメンバーが事務局を務める。事務局担当者はプロボノに参加を決めた社員の特徴やスキルを把握しており、支援先団体と相性が良いか客観的な立場で意見する。
社員自身が関わりたいと思っても、支援先団体とニーズが合わないこともある。そういったミスマッチを防ぐのが事務局の役割だ。陰の立役者として機能する。
鶴田氏はプロボノを通して、社会課題起点でのビジネスアプローチを学んだという。「本業が人事ですが、日ごろ関わらない人とプロジェクトに取り組むことで、新たな気付きを得られます。社会課題起点で物事を考える視点が、日ごろの業務にも役立っていると実感しています」と話した。
NECは「社会価値の創造」という旨のPurpose(存在意義)を掲げる。社会起業家の支援に取り組むのは、このPurposeの一環だ。会社としての支援だけでなく、卒業後も社員有志がプロボノとして関わるので、社員の意識変革にもつながっている。
先が読めないVUCA時代には、社会課題が複雑化する。そうした社会では、企業に「社会対応力」が求められる。NECは社会起業家の伴走支援によって、トップダウンとボトムアップ双方で社会対応力を鍛える。<PR>