■雑誌オルタナ80号: 「alternative eyes」(53)
2025 年1 月20 日に就任したトランプ米大統領や、側近イーロン・マスク政府効率化省(DOGE)長官らの過激な言動が、3 月になっても連日、世界のメディアを賑わせています。
カナダやメキシコへの25%課税(3 月は実施延期)、不法移民の即時強制退去。そして世界保健機関(WHO)からの脱退や国際開発局(USAID)を通じた支援の凍結。就任以来、署名した大統領令は優に100 本を超えました。
特にサステナ領域への影響が大きいのが、ESG(環境・社会・ガバナンス)やDEI(ダイバーシティ・エクイティ・インクルージョン)を否定したことです。
「パリ協定」からの離脱は2 回目ですが、それだけでなく、「DEI」を推進する政府内の取り組みを廃止しました。さらに就任演説では「男性と女性という2 つの性だけを認める」ことを、国の政策として定めました。
これに対してマクドナルドやメタ、グーグル、ウォルマートなどの大手企業はDEI の方針や目標を取り下げ、これが日本にも伝わり、一部には「米国企業はDEI を放棄した」などの誤解も広がりました。
ただし、アップル、コカ・コーラ、コストコ、ゼネラル・モーターズなどの企業は、「トランプの大統領令後もDEI 政策を見直さない」と宣言しました(P32 参照)。トランプに屈した企業は一部に過ぎません。
気候変動も同様です。トランプは第1 次政権の2017 年にもパリ協定離脱を宣言しましたが、その直後には「We Are Still In(私たちはまだパリ協定の中にいる)」同盟が立ち上がりました。
このアライアンスには、カリフォルニアやニューヨークなど10 州、マイクロソフト、ナイキ、スターバックスコーヒー、米ネスレなど企業・投資家など2209 法人、市・郡287、大学353(いずれも当時)などが参加しました。
その後、この同盟は他団体と合併したうえで、「America is All In」(アメリカはすべてパリ協定の中にいる)という名称に変え、トランプのパリ協定「再離脱」への対抗策を模索しています。
ここで注目すべきは、大統領令や政権の方針が、環境や人権課題を後退させる懸念があった場合、企業や自治体が公然と反対し、力を合わせ、アライアンスが自然発生的に生まれ、広がるという現象です。
これこそ、「企業市民」の大きな役割ではないでしょうか。単に非営利組織へのボランティアや寄付だけでなく、社会共通の課題や危機に対して、アクションを起こすことも含まれるはずです。米国の民主主義は危うい状況ですが、ここに一筋の光明も見出せます。
もちろん、反ESG や反DEI の論調も理解できないわけではありません。しかし、企業がグローバルで活動している以上は、地球規模の課題である気候変動や、サプライチェーンの人権問題の解決は避けては通れません。自社が本社を置く国の政権がどういう方針を取ろうとも、です。今回、トランプ政権の圧力に動じない企業が多くあらわれたことを、頼もしく感じました。