19世紀の末に、ニュージーランドの南島の北端近くの孤島、スティーブンズ島に灯台が立てられたが、そのとき灯台守とともに島に渡ったネコによって、この島にわずかに残っていたスチーフンイワサザイという野鳥が絶滅した、という話だ。一匹の飼猫が絶滅させた、という内容で伝えられたりもする。事実は、持ち込まれたネコの子孫達の捕食も含めて数十年の間に絶滅させたということのようだが、自然史的なタイムスケールで見たときには、灯台守とともに島に渡ったネコが瞬く間に、希少種を絶滅させた、という事実に変わりない。
ネコのために補足すると、スチーフンイワサザイは、かつては、ニュージーランド全土に分布していたと考えられている。それが、19世紀末の時点で、スティーブンズ島という孤島以外には生息しなくなっていたのは、マオリ人とともに入って来たネズミ等による食害のためと推測されている。
ネコは、そのネズミを駆除するためにエジプトから各地に持ち込まれたという。自然界での捕食者、ハンターとしての能力は、ネズミとは比べるべくもなく高い。

ましてや、島嶼部の狭い地域、限られた生物相のなかにおけるネコの捕食圧は、小さな生きものに対しては、往々にして致命的なものとなる。
ノネコは言うまでもなく、もとは飼いネコで、人間の身近なペットだったネコやその子孫たちだ。都会の公園などで遭遇する彼らはペットとしての愛らしい面影も残している。しかし彼らは同時に、世界の、また、日本の「侵略的外来種ワースト100」にリストアップされている生きものでもある。私たちは、この事実と、彼らをそのような存在にしてしまったのが、他ならぬ私たち自身だということも忘れる訳にはいかない。
飼いネコを「野良猫」にしない、屋外に出るネコには不妊手術をする、こういった飼主の心遣い、飼育ルールの遵守が、生物多様性の保全、環境保護のみならず、ネコたちの「福祉」にもつながる。
時と場所によって、天使となり悪魔となるだけではない。少なからぬネコたちが、人の行為の犠牲となり、無残に命を奪われている。
4月、長野市は、市内の山中で何者かに遺棄されたとみられるネコ21匹を保護した旨、発表した。ネコはいずれも極めて空腹の状態にあり、衰弱しているネコもいたという。山に捨てられたネコたちを待っているのは空腹による衰弱死だ。(何とか頑張って自然界に餌を求め、逞しく生き延びるネコたちもいるかもしれない。しかしその頑張りゆえ、他の生きものへの脅威となり、彼ら自身が駆除の対象となってしまう。)
そして、捨てられたり処分されたりするペットを減らすために行われる「引き取り」。事業者によっては、虐待に等しい放置のなかで、死に至らしめているケースもあると聞く。
空前のブームの背後に多くの課題が残されている。
(坂本 優=アサヒグループ食品株式会社人事総務部)