
※雑誌オルタナ65号「ビジネスと民主主義 ESGの「S」が問われる」(2021年6月30日発売)の記事です。オンライン有料会員に入会されると、本誌も無料でご自宅やオフィスに郵送します。
企業と社会の関係性が大きく変わり始めた。人種差別や人権問題で、企業は明確なスタンスの開示と行動変容を、社会から求められるようになった。ビジネスは「健全な民主主義」が前提であり、企業はESG(環境・社会・ガバナンス)のうち特に「S」領域においての対応強化が必須だ。(オルタナ編集長=森 摂、オルタナS編集長=池田真隆、副編集長=吉田広子、松田慶子)

▼「 企業は、これまで以上に努力をしなければならない。米国の民主主義は、私たちを必要としているのだ」(ハーバード大学のレベッカ・ヘンダーソン教授)
▼「 新しき祖国は人類の厚生と世界文化に寄与するに足る真に民主主義的な平和国家でなければならない」(1946年4月、経済同友会の設立趣意書)
2021年3月31日、米南部ジョージア州の州アトランタに本社を置く2つのグローバル企業のCEO(最高経営責任者)が異例のコメントを発信した。コカ・コーラとデルタ航空だ。
デルタ航空のエド・バスティアンCEOは「この法律は受け入れられず、デルタの価値観と一致しない」というメッセージを出した。
■「赤い蜃気楼」が選挙後も波紋
「この法律」とは、ジョージア州議会が3月25日に可決した「2021年公正選挙州法」を指す。期日前投票時に写真付きの公的身分証(ID)の提示を求めたり、投票所に行
列する有権者に水や食べ物を提供したりしてはならないとする規制を盛り込んだ。米国ではもっぱら「投票制限法」と呼ばれる。
投票制限法は、黒人やアジア系、ヒスパニックなどマイノリティの投票機会を阻害するとの指摘がある。マイノリティには、取得費用がかかるIDを持てない低所得者も多い。これまでの期日前投票は身分証の提示は不要で、署名だけで手続きができた。
これらの措置は、低所得者層の投票への公平なアクセスを阻むものとして、バイデン大統領も「人種差別的で米国らしくない、憲法への攻撃だ」と非難した。
この州法を推進したのはブライアン・ケンプ・ジョージア州知事で、トランプ前大統領の熱烈な支持者だ。ジョージア州は共和党の地盤だが、2020年11月の大統領選挙では当初リードしていたトランプ氏は開票が進むとともに追い上げられ、最後にはバイデン氏がわずか0.2ポイント差で逆転した。
期日前投票や郵便投票は、都市部の民主党票が多いとされる。その票が開くに連れて民主党が逆転するという「レッド・ミラージュ」(赤い蜃気楼)の典型例が、ジョージア州アトランタやペンシルバニア州フィラデルフィア、ミシガン州デトロイトなどの大都市だった。
「赤い蜃気楼」とは共和党のシンボルカラーである「赤」が次第に消えていくという意味だ。その後、トランプ陣営や共和党支持者の間で「大統領選の開票に不正があった」との不満や「陰謀論」が高まった。2021年1月6日、暴徒化した数百人ものトランプ支持者がワシントンDCの議会議事堂に乱入し、「米民主主義の最大の危機」と呼ばれた。

■米国の48州で投票制限の動き