米軍がアフガニスタンからの撤退を進めるなか、反政府武装勢力タリバンが首都カブールを制圧し、8月16日朝、政府に対する勝利を宣言した。これにより、数百万人単位の難民が発生すると見込まれている。9月11日から日本で公開されるドキュメンタリー「ミッドナイト・トラベラー」は、こうしたアフガン難民の実態に迫った映画だ。タリバンから死刑宣告を受けていた映像作家が、妻と娘2人を連れ、アフガニスタンを脱出し、欧州を目指す旅路を記録した。(在パリ編集委員=羽生のり子)

アフガニスタンの映像作家ハッサン・ファジリは舞台、映画、テレビなどで活動していた。妻のファティマ・フサイニは映像作家で俳優でもある。脱出当時5歳だった長女のナルギスと2歳半だった次女のザフラが両親から撮り方を習い、一家全員がスマホ3台で3年間にわたる旅を記録した。
平和のために武器を捨てたタリバンのムッラー(律法学者)を主人公にして撮ったドキュメンタリー映画がタリバンの怒りを買い、2015年にファジリは死刑を宣告された。タリバンに合流した昔の親友からこの事実を告げられ、一家で亡命を決意した。映画はアフガニスタン→イラン→トルコ→ブルガリア→セルビア→ハンガリーまでの軌跡を追っている。
仲介業者から大金を騙し取られたり、難民宿舎が人種差別主義者集団から襲われたりと何度も危険な目に遭った。野宿をしたり、廃墟で寝泊まりしたこともあった。
救いは、家族の絆の強さと子どもたちの明るさだ。長女はマイケル・ジャクソンの曲で踊り、次女はあどけない笑顔で観客を魅了する。

よその女性の美しさを褒める夫にムッとする妻に対し、夫が弁解する場面がある。平和な社会で暮らす人は「難民は自分たちと違う世界の人」と思いがちだが、映画はどこにでもある夫婦の平凡な日常を見せて、観客が無意識に築いた垣根を取り払う。
題名の「ミッドナイト・トラベラー」は、アフガニスタンの現代作家・政治家で、亡命中に暗殺されたサイード・バホダイン・マジローの著書「エゴ・モンスター」の巻名から取った。この本の朗読を画面に重ねることで苦難の旅に詩的な要素が加わり、単なるドキュメンタリーではない芸術作品に仕上がった。米サンダンス映画祭のワールドシネマドキュメンタリー審査員特別賞をはじめ、世界で23の映画賞を受賞した。
現在、一家はドイツの永住許可を得てベルリンに住んでいる。
映画では描かれていないが、ドイツでも試練が待ち受けていた。当初、政府は滞在を認めず、一家は強制退去させられるのではないかという恐怖で夜も眠れなかったという。ベルリン国際映画祭関係者などの尽力で、永住が認められた。
タリバンの制圧によって、今後、アフガニスタンからの難民・避難民は格段に増えるだろう。7月初めに国境通過の要所複数をタリバンが制圧したため、車で国外脱出を試みる人たちは、すでにこの時点で国境付近で止められた。
欧州を目指してヴィザなしで運よく国外脱出できても、アフガニスタンからの密入国者を防ぐためにトルコがイラン国境に建設を進める壁で止められる。ファジリ一家が使った移動方法は使えなくなりつつある。
カナダ政府は女性リーダーなど2万人以上を難民として受け入れると発表した。米国政府やフランス政府は、自国のために働いた通訳などのアフガン人に特別ヴィザを出している。
しかし、本人は出国できても、家族が出られない場合がある。8月16日のルモンド紙は、フランスに3週間前に着いたアフガン人元運転手の「国に残した妻と6人子どもからなんの便りもない」という不安な声を伝えている。
登場人物は違っても、ファジリ一家の物語は今も続いている。