■ゾウが丸太を運ぶミャンマー式林業
世界の森林面積が減少を続けるなか、持続可能な森林経営は世界的なテーマのひとつです。九州大学の溝上展也教授は、熱帯林を有するミャンマーをフィールドに、アジアゾウを利用した林業の実態を調査しました。その結果、ゾウと人が共生しながら、環境負荷の極めて低い林業を実践していることがわかったといいます。(旭硝子財団)
「熱帯林の破壊」は林業の問題か?

「ミャンマーでは今も、丸太を運ぶのにアジアゾウを利用している」――ミャンマーからの留学生にこの事実を聞いた時、九州大学大学院 農学研究院環境農学部門教授の溝上 展也(みぞうえ のぶや)教授は大きな衝撃を受けたといいます。
アジアゾウの林業利用は、かつてはインドやタイなど南・東南アジア数カ国で行われていましたが、現在その多くはブルドーザーなどの重機による作業に置き換わっています。しかし、ミャンマーでは、160年以上前から現在まで、主要な手段としてゾウの林業利用が継続されてきました。
「ミャンマーではチーク材など大径材の木材生産は国の管轄で行われていますが、その伐採の現場ではほぼ100%ゾウが利用されています。しかし、その実態の科学的な記録はなく、調べてみる価値があるのではと思いました」と溝上教授は言います。
「森林減少について語る時、熱帯林の森林伐採に大きな問題がある、とよく言われます。でも、果たして本当に林業が悪いのか、林業に問題があるとしても、どこに問題があるのか、詳細な研究はあまりなされていません。ミャンマーのゾウを利用した林業を詳細に調べることで、熱帯林における森林の問題点がどこにあるのか探りたいという思いがありました」(溝上教授)
■ゾウによる集材は環境負荷が低いことが明らかに

ミャンマーで林業が行われている地区は、山奥の急峻な土地が大半を占めます。重機が入ることが難しい立地だからこそ、林業家たちにとって、ゾウはなくてはならないパートナーであり続けてきました。そんなゾウたちが活躍するのは、トラックが入れる積み込み場まで伐り倒した木材を運ぶ「集材」という作業です。
「詳細に調べてみると、ゾウ自身は、土壌にほとんど影響を与えていないことがわかりました。葉っぱなどは踏まれても元に戻る程度ですし、土がえぐられることはまずありません。ゾウの場合起きる土壌撹乱は、ゾウが引く丸太の幅約1メートルだけ。対してブルドーザーは、左右4メートル幅で木を薙ぎ倒しながら進んでいきます。明らかにゾウの利用は環境負荷が低いことがわかりました」(溝上教授)
もう一点、ゾウを利用することで環境負荷が軽減されていたポイントとして、残った木へのダメージがあります。ミャンマーの林業は、区域の木すべてを切り出す「皆伐」ではなく、適した太さの木だけを切り出す「択伐」です。残った木々にできるだけダメージを与えず、伐った木だけを運び出すことは至難の技ですが「ゾウは巧みに、木々を避けながら丸太を運んでいきます」と溝上教授。一方ブルドーザーは木を倒し、傷めながらしか運び出すことはできません。
溝上教授は、ミャンマーの残存木の損傷率が、世界の熱帯林平均よりも小さいのは、ゾウによる集材がその理由ではないかと結論づけました。
「熱帯の林業は、さまざまな樹種が育つ複雑な天然林で行われるため、選択的に数本切り出し、残った木々に配慮する林業が常識です。多くの国が、切りすぎないこと、残った木々に配慮することをガイドラインとして定めています。しかし、今回の調査で、ガイドラインに沿って進めようとしても、ブルドーザーでは限界があるということがわかりました」(溝上教授)
溝上教授に持続可能性の高いミャンマー式林業の研究についてお話をうかがった旭硝子財団の発行する「af Magazine」の全文は、こちらからご覧いただけます。
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