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第1章: サステナビリティ/CSRを学ぶにあたって
1-3: 世界のサステナビリティの流れ
■「私たち共通の未来」を東京で発表
「サステナビリティ」「サステナブル」という言葉が国際会議の舞台で初めて具体的に議論され、世界に認知される契機となったのは、「環境と開発に関する世界委員会」が1987年4月に東京のホテルで発表した報告書『Our Common Future』(私たち共通の未来)である。
ノルウェー初の女性首相(当時)だったグロ・ハーレム・ブルントラント氏が委員長を務めたため、この委員会を「ブルントラント委員会」と呼ぶこともある。同委員会は「サステナブル・ディベロップメント」(SD)を、「将来世代の必要性を満すことを犠牲にせず、現在世代の必要性を満たす
こと」と定義した。
ディベロップメントを「開発」と訳すと自然を破壊するイメージもあるため、「発展」と訳すべきだったとの意見もあった。だが、1987年以降、日本では「持続可能な開発」が公式用語として定着した。
これと類似する概念に、米国の哲学者ジョン・ロールズの「世代間正義」がある。「特定の『社会世代』を越えて個人の権利を守り、『社会世代』間の関係性を調整する要請」を指す(『正義論』、1971年)。
■1972年、「国際環境人間会議」開く
さて、大気汚染などの環境問題や貧困層の拡大などの社会問題の発生は、18世紀後半の産業革命によって、生産活動が農業から工業へと変化していったころから始まった。
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