記事のポイント
- 岩手県岩手町は近年、SDGsを軸にしたまちづくりに取り組む
- 人口流出で過疎地域に指定されたが、5年前に担当課を立ち上げた
- まちづくりにどのようにSDGsを取り入れたのか、キーパーソンに聞いた
ホッケーとアートに力を入れてきた岩手県岩手町は近年、SDGsを軸にしたまちづくりに取り組んでいる。人口減・若者の流出によって、過疎地域に指定されたが、5年前に担当課を立ち上げて、県外の団体と連携を強化した。まだ町民に十分に浸透しているとは言えないSDGsをどのようにまちづくりに生かすのか、キーパーソンに話を聞いた。(オルタナS編集長=池田 真隆)

■まちづくりにSDGs、「分かりやすい指標に」
いまや聞かない日はないくらい、メディアでは連日SDGsに関するニュースを伝えている。コロナ禍においても認知度は上がり、電通が2021年に行った調査では54.2%と昨年と比べてほぼ倍増した。
だが、内容まで理解している割合は20.5%という結果になり、今後は言葉だけでなく、意味を正しく啓発していくことが課題だ。SDGsをまちづくりの軸に置く岩手町でもこの課題に取り組んでいる。「まだ十分に町民に浸透しているかと言えばそうではない」と明かしたのは、岩手町みらい創造課の立花涼係長だ。岩手町でSDGsの芽を育てた立役者だ。
岩手町は高齢化率(65歳以上)が全国平均と比べて10ポイント高い35.30%(2015年)、SDGsを前に思考停止してしまう人は少なくないという。そんな町がSDGsを選んだのはなぜか。

立花係長は、まちづくりにおいて、「SDGsは分かりやすい指標だから」と話す。世界的な潮流に乗っていることを町民に示しやすいと語る。
同町がSDGsに着目したきっかけは、佐々木光司氏が町長に就任したことが大きい。5年前の2018年、無所属新人で会社員の佐々木氏は町長選挙に立候補した。現職の民部田幾夫氏が3回連続で無投票当選を果たしており、16年ぶりの選挙だった。
6選を目指した民部田氏を破って、初当選した佐々木氏はかつてアートの町として知られ、有名歌手が公演に来た時代を懐かしみ、「当時のように町にうるおいをもたらしたい」と決意する。そこで、着目したのがSDGsだ。
東京五輪にホッケー選手を輩出したことや東北一を誇るキャベツの生産量など、ほかの地域にはないこれらの魅力を磨けば、人口減・若者の流出を防ぐことができると考えた。内閣府のSDGs未来都市に応募すると2020年度に選定された。
■「つながり」と「共創」でSDGs未来都市へ
応募書類で掲げた計画は、SDGsの達成に向けて「世界の都市とのつながり」と「様々な人との共創」だ。この計画の一環として企画したのが、東京丸の内で行う「SDGs Tour」だ。日本を代表するオフィス街で約2週間、岩手町の魅力を伝えるブースを出展した。
第1弾は2020年3月に、第2弾を今年8月17日~9月2日で開いた。岩手町特産のブランドキャベツ「春みどり」などを揃えた野菜マルシェや伝統銘菓、手作りのクラフト商品などを並べた。さらに、「まちづくり」は「ひとづくり」と考える岩手町の良さを伝えるため、生産者やまちづくりにかかわるキーパーソンを紹介したポップも掲示した。
単なる物産展ではなく、SDGs未来都市の計画で掲げた「つながり」と「共創」を生むことを狙ったのだ。
コロナ禍だったこともあり、予定していた規模通りに実施できなかったが、一定の「手応え」を感じたと言う。それは、企業や自治体など外部セクターとの連携においてだ。
例えば、丸ノ内でのイベントでは、三菱地所から会場を提供してもらった。立花係長は、「有名企業と一緒にイベントを開くということが、シビックプライドの醸成につながる」と話す。
シビックプライドとは、住む町に対する「誇り」を意味する。佐々木町長が目指す「うるおい」を町にもたらすには、シビックプライドの醸成がカギだ。かつて、有名歌手が公演を開きに足を運んだように、「有名企業との連携」によって、「岩手町のポテンシャルを町民に感じてもらいたかった」(立花係長)。
岩手町が持っていない知見や技術を存分に取り入れる機会にしたいと、町内でSDGsに積極的に取り組む企業に声を掛け、出展を依頼した。声をかけたとき、企業からは、「岩手町が丸ノ内で2週間もイベントを開くなんて想像できない」という不安の声が多かったという。
実際に2週間、丸ノ内に「岩手町」が出展したことで、「町内企業に刺激を与えられたはず」と立花係長は振り返る。今後の展望としては、岩手町が「広域連携のハブ」になりたいと話す。丸ノ内との縁を持てたことで、岩手町周辺地域にも声をかけて、一緒に知恵を出し合い、「岩手町だけでなく、岩手県の魅力を伝えるイベントにしたい」と語る。
■「岩手町には色々な緑色がある」
立花係長は、岩手町をSDGsで変えていこうとしているが、「自分も変化した」と話す。現職のみらい創造課は、佐々木町長が2018年にSDGsに取り組むために新設した課であり、まさに「町長肝入り」だ。
企画畑は未経験だった立花係長だが、配属された当初は「何をしていいのか分からなかった」と明かす。戸惑いを抱えながら、企業誘致の一環として、県外から来た企業に町を案内していると、ある気付きを得たという。
「夏の暑い日に、ある企業の方を案内しました。すると、その方から『岩手町には色々な緑色がありますね』と言われました。この言葉にはハッとさせられました」
岩手県の中央に位置する岩手町は見渡す限り周囲一面、緑に囲まれている。立花係長にとってはこの光景が「緑一色」として映っていたが、その方にとっては「色々な緑色」に見えたのだ。
緑にも一つひとつに異なった色があると気付いたことで、多様性を意識するようになったという。例えば、接する機会が多いキャベツ農家も、「キャベツ農家」として一括りでとらえるのをやめて、生産者一人ひとりの「顔」を見るようになった。
これまでにいた課とは業務内容が異なるので、「感じたことのない疲れを感じる」と笑顔でやりがいを話す。「自分の好きなようにやらせてもらっている。何かあったら、『みらい(創造課)に預ければ大丈夫』と思ってもらえるような存在にしたい」と前を向く。<PR>