記事のポイント
- アスリートのメンタルヘルスの重要性が語られるようになってきた
- これまで「強さ」を求められるスポーツ界では、議論されてこなかった
- 五輪メダリストらは「メンタルを強弱で語られることに違和感がある」と語る
アスリートが世界の大舞台で活躍するたびに、メンタルの「強さ」「弱さ」が話題になる。国を背負って戦うプレッシャーやストレスは計り知れないものだが、「強さ」が求められるスポーツ界では、選手のメンタルヘルスについて積極的に議論されてこなかった。五輪メダリストの松田丈志さんと有森裕子さんは「メンタルが強弱で語られることに違和感がある」と語る。(寺町幸枝)

■弱音を吐けないトップアスリート
トヨタ財団はこのほど、シンポジウム「みんなと考えるメンタルヘルス」を開き、トップアスリートや専門家を迎え、「心の不調」に関する議論を展開した。
身体的・精神的・社会的に良好な状態にある「ウェルビーイング」という言葉を日本でも耳にするようになった。これは、古くて新しい概念で、世界保健機構(WHO)は1946年、「健康とは、病気ではないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態にあること」(世界保健機関憲章、日本WHO協会仮訳)と定義している。
シンポジウムに登壇した女子アーティスティックスイミング元選手で、指導経験も豊富な田中ウルヴェ京さんは、現在スポーツ心理学者(博士)として活動している。
田中さんは、特にトップアスリートには「社会から見られる自分」「選手としての自分」「選手ではない時の自分」という「3つの自分」がいることを指摘する。
プライベートの自分がぶつかるさまざまな問題が、選手としてのパフォーマンスに影響するにもかかわらず、選手としての「役割」を意識しすぎてしまうことで、「メンタルが強くなくてはいけない」と思い込み、問題を隠したり、対処を先延ばししたりしてしまう傾向があると話す。
さらにメンタルに関しては、人に話すことの難しさに加え、精神科医や臨床心理士、スポーツ心理学者と言った「専門家」が、どんなことをするのかということが一般に知られておらず、「実態に合わせたサポート」が不足していると続ける。
■1日5分、自分と向き合う時間を
現役アスリート自らメンタルヘルスに関するプロジェクトを立ち上げた例もある。
ラグビー選手会は、メンタルヘルス専門の研究者である小塩靖崇さんらとともに、「よわいはつよいプロジェクト」設立した。
登壇した元ラガーマンで、プロジェクトのコンセプトディレクターである吉谷吾郎さんは、「金魚の水槽」(※)を例に挙げ、メンタルの問題は簡単に対処できるものではなく、悩みを聞き合える環境を整えることの重要性を説いた。
※病気の金魚がいる水槽は、魚に薬を与えただけではダメで、水槽の水換えをすることで、初めて環境が整う
「よわいはつよいプロジェクト」では、ニュージーランドをはじめとした強豪国で採用されている「メンタル・フィットネス・プログラム(PDP)」を導入したほか、アスリートの心の問題に焦点を当てたコラムやインタビュー記事を掲載し、啓発にも力を入れている。
元競泳のメダリストで、松田丈志JOCアスリート委員長は「身体と一緒に、心も壊さないようにすることが大切。1日5分でも、自分と向き合う時間を持ってほしい」と話した。
こうしたメンタルヘルスの問題は、アスリートに限らない。日本社会全体でメンタルヘルスの問題に取り組む重要性が認知されつつある。シンポジウムの模様は、ユーチューブで公開されている。